話は続く。
「うふっ。ねえねえ、カッコいいシェトランド様、話だけでも聞いてくださる?」
女は可愛げな仕草で訴えてきた。ディルフォードは10数秒考えた。
「……ダメ?」
恐らく、そう言っても無駄だということを悟ったディルフォード、腕を組んで返事をした。
「いいだろう。話だけなら聞いてやろう」
「やった! うれしいなー!」
そんなに嬉しいものなのだろうか、ディルフォードにとって、女という生物は理解不能な存在だった。
そう言えば、エレイアもそうだったことを思い出したディルフォード、
間違いなく、女という存在は種族に関係なく、そういう生き物なんだなと思っていた。
女の話は長く続いた、いつものディルフォードだったらこんな女の話、聞く耳持たずに途中退場していたハズである、
それこそ、エレイアにもよく怒られていたぐらいだからである。
しかし、人生というのは何があるのかわからないもので、どういうわけか、こういう時に限って途中退場せずにいた。
やはり、何もかもがどうでもよく、すべてを捨てることにしたという心がそうさせたのだろうか、皮肉なものである。
しっかり聞いていたかどうかは別にしても、要点だけは押さえたつもりで、
我ながらに珍しいこともあるもんだとディルフォードは思っていた。
「ねえ、聴いてる?」
「ああ。戦争に行った彼が戻ってきたら骨だけだった。
1年泣き続けたが寂しさに堪えきれず、次の男を作ったが、その男も戦争で亡き者となり、
今度は死に場所を求めて女一人で旅を続けている……でよかったか?」
「そうそう! それで? それで?」
それで……ってまじか……。ディルフォードは悩んでいた、これは何かの試練か?
だがまあ、それならそれでいいだろう、別に自分がこれから何をしようともそれ自身に意味などない、
暇つぶしぐらいには付き合ってもいいだろう、ディルフォードは改めてそう考えた。
「……故郷のルシルメアの森まで来たけれども、目の前まで来て、今さら飛び出した故郷へ戻るなんて勇気もなく、
結構あちこちへ行っては新しい出会いを求めたり、だけど元カレを失って独りになるという絶望感を味わった体験を考えると踏み込めず。
自分はプリズム族の身体なんだし、ちょうどいい男と適当に遊んで過ごせればそれでいい、と――そう言う話だったか?
まったく、とんだアバズレだったってオチだな」
ディルフォードは意地悪を言ったつもりだったが、女は納得したように頷いた。
「そうなの。人生諦めていたら、ただのアバズレ女になっちゃった、こんなはずじゃあなかったのに。
男を楽しませるだけのイケナイ女になっちゃったの。ねえ、どうしたらいいと思う?」
どうしたらいいと言われても――すべてを捨てた男に対してそんなことを聞くとは――ディルフォードは悩んでいた。
しかし、人生諦めようとしているのなら答えは簡単、なんでもいいのではないだろうか、
まさに自分の状況がそれを物語っている、そう、修羅の道を極めるために旅に出たのだから、
自分がやりたいように、そして、人知れず果てればそれでいいのではと思った。
それこそ、プリズム族ならアバズレ程度でないと出産能力が成長しないと聞いたこともあったぐらいだから、
プリズム族らしく生きればいいのではと思ったが、それを提案するのもどうかと考えたので、結局何も言わずにいたディルフォードだった。
「ねえ、シェトランド様ってやっぱり、この間の戦いで死んだ人がいたから私とおんなじように彷徨っているの?」
ここに来るまでに半年、旅に出るまでにも大体半年、あの戦いから1年ぐらいは経過していたが、
よく知っていたなとディルフォードは感心していた。そして、ディルフォードは「まあな」と軽く返すと、彼女は――
「そうなんだ! 奇遇だね! じゃあさ、じゃあさ、せっかくの同じ境遇同士なんだからさ、一緒に仲良くしましょうよ♪」
と、嬉しそうに言った、流石のディルフォードでもそう来ると思っていた。
「悪いが、それは断る」
ディルフォードは断固として拒否したが、彼女は諦めなかった。
「そんな寂しいこと言わないで」
「ダメだ」
「何で?」
「何ででもだ。私にそういう趣味はない」
「これは趣味とか、そういうものじゃあないの! 私とあなたが心中するための、大切な儀式なんだから!」
は? 心中だって? プリズム族と心中――
「私はこのとおりプリズム族の女、あなたと一緒になることには全然抵抗なんかないわ。
それに、あなたのような素敵な方と心中出来るのなら、私はそれはそれで本望。
いずれにせよ、私はあなたと離れるなんてイヤ。もう、独りは寂しいの、だから、だから、独りにしないで――」
独りにしないで――そのセリフはディルフォードの頭の中に響いた。
涙を流して懇願する彼女、エレイアの泣き顔が頭の中に浮かんだ。
どうしてだろうか、あのときの彼女の泣き顔が、この女と重なった。
不思議だ、この感覚。今までに感じたことのないこの感覚に、ディルフォードの石の心は揺れ動いていた。
ディルフォードはほとんどオウルの里にいることはなかった。
だから、彼によく懐いていたエレイアも、彼がいなくなると、それはそれは寂しい想いをしたものだろう。
目の前にいるこの女も、あのときのエレイアも、同じ想いだったに違いない。
そう思い返したディルフォード、なんて自分は愚かなのだろうか、どうしてこんなときに自分の人生を後悔しているのだろうか。
確かに、後悔というのは後でするから後悔と呼ぶ、異論はないのだが、自分の後悔するタイミングはあまりにも遅すぎた。
だから、今一度、目の前の女、いや、彼女に、確認しようと思った。
「私のやり残したことは数え切れないほど多い。だが、まだ、間に合うと思うか?」
すると、彼女はにっこりと微笑んで答えてくれた。
「うん、間に合うと思う。あなたも、私も、命の限界が長い者同士ではないですか」
確かに、言われてみればその通りであった。しかし、寿命で言えば、恐らく、プリズム族のほうが上のハズだった。
それを指摘すると、彼女は――
「いいんですよ、私は所詮アバズレですから。だけど、一緒になった人に対しては、
とことん尽くします、ええ、私かあなた、いずれかの命が尽きるまで――」
おいおい、ちょっと待った、まだ話はそこまで進んでいないぞ、ディルフォードは少し焦っていた。
「一緒にいてもいいが、私はあんたと生涯を共にするとは一言も言ってないぞ」
すると、彼女は大笑いした。
「あっははははは、そうだった、残念!
だけど、一緒にいてくれるのなら、私はそれで構わないわ。
あとは精一杯努力して、あなたに相応しい女になるから。
それまでは私のことを、恋人かそれ未満だと思って付き合ってくだされば、嬉しいですわ。」
ふう、やれやれ、ディルフォードはとんでもない約束をしてしまったようである。
とはいえ、人生を投げ出そうとしていた男女が、こうして、ある意味運命的な出会いを果たし、
新たな人生を送ろうとしていると言うのだから、この際それもいいかとさえ思った。