講義が終わると何人かがお姉さんの周りに集まり、何かいろいろと話をしていた。
ティレックスのほうにも何故か――”義理の弟”発言の影響でもみくちゃにされてヘトヘトになっていた。
その後、リリアリスとティレックス、そしてシオラと、さらにはあのナキルと一緒にとある研究所へとやってきた、その研究所とは――
「召喚魔法研究所? 部屋でなくて建物一棟で設けられているのか」
ティレックスはその施設の存在に驚いていた。
この施設に限らず、学園のいくつかの建物はなんだか工事が行われている最中だった。
「うん、そう。その立役者こそがアリで、ここはアリ個人の強い思い入れが女王陛下に受け入れられた結果、
クラウディアスからの助成金によって成り立っている施設なのよ。」
強い思い入れというのは――なんだか深い話がありそうなので、例によってまた別の機会にでも話を訊いてみてほしい。
「というのは建前で、実際はアリが問題提起をして私が検討してアリと共に現地視察、
2人で調整した結果を女王陛下に判を押してもらっただけよ。」
なんだ最後のその軽いやり取りは。
内容に関係なく判を押したみたいになっているじゃないか――と言いたいところだが、どうやら本当のことらしい……。
「ここはアリエーラ女史の庭だからね。
あれほどの美女の庭であればルーティスとしても何とかしなければいけないと動くのは当然のことだったんだけど――
それでもクラウディアスの支援があったからこそ、この施設のみならず、ルーティス学園は復興したんだ。
ひとえにリリアリス女史とアリエーラ様のおかげだね、2人とも美人なだけなことはある。」
と、ナキルが言った――この人、こんな人なのか。
見た目的にそこそこにお歳を召しており、しかも大人物だったような気がするが、
ノリが軽くて「本当にこの人あのナキルか!?」
だけどアール将軍の存在を考えると、そんな疑問は解決する感じだった、
あちらはあちらでなかなかの手腕を持つ大人物だけど、
真の大人物というのは仰々しく偉そうにしているやつというよりは、
考え方に柔軟性を持っていて普段からは意外と”そう”は見えないが実は腹にとんでもないものを飼い慣らしているやつ――そういう感じがする。
つまり、ナキルもまたそういう類の人なのかもしれないとティレックスは思った。
しかし何だろう、時折咳込む状況が見受けられる、大丈夫だろうか?
「あっははははは、すまんね。歳をとるとあちこちにガタが来るもんでね――仕方がないことだよ。
そんなことより、早速研究所に入るといい」
「そうよ、私が美人とか妄言を吐く余裕があるぐらいならさっさと入りましょ。」
リリアリスはそう言うと、さっさと中に入って行った、照れ隠し?
「あんな風に照れるなんてリリアさんって可愛いですよね! ティレックスさんもそう思いません?」
えっ……ティレックスは悩んでいた、そう言われてどう答えろと。
「でも彼女、そう言われてもあんまり関心がないようにも感じるけれどもね。
だからなおのこと、ああいう照れ方をするんだろうね。
それに美人だし、ああいう性格だから将来を共にする相手が気になるところだね――」
と、ナキルは言うとシオラはなんだか嬉しそうに話をするのだが、ティレックスは蚊帳の外、どう反応していいのかわからなかった。
「ちょっと! 何してんの!」
気の強いお姉さんは戻ってくると3人にそう言った。
改めて、4人は研究所の中に入った。
それぞれの研究室では召喚魔法について研究が行われているようだった。
そして、ナキルに促されるままに研究所長の部屋へと入っていった、所長は言うまでもなく召喚魔法の権威であるナキルだった。
「でも意外ですね、召喚名手ナキルと言えばあちこちで活躍していたイメージがあったのですが、
ルーティス学園に腰を据えているなんて」
と、ティレックスは雑談に入るや否や、素朴な疑問をナキルにぶつけた。
ナキルといえば放浪の魔道士でハンターとして活動し、あちこちで活躍していたことを記憶していたのだけれども、
実際には学園にこもって研究しているのか――ティレックスが訊いていた話とは違っていたようだ。だがそれもそのはず、
「確かに、私はキミの言う通り放浪の魔道士としあちこちで御厄介になっていたよ。
だけどだいたい12年ぐらい前に異国の軍隊がルーティスへ侵攻し、ルーティスを破壊したんだ。
ちょうどその当時私はルーティスにいてね、連中を一斉排除し、ルーティス再建を手伝ったんだよ」
ナキルがルーティス出身なのも知っていた、ティレックスも中学まではルーティスに籍を置いていたため、
つまりは同じ学校の先輩にあたる――もっとも、ルーティス学園はこのあたりの学生の多くはここに通っているのだが。
話を戻すと、ナキルはその縁あって再建に尽力したということだ。
「ただね、異国の軍隊の侵攻が予想以上なものだった――そのせいで行使した召喚魔法で無理がたたって体調を崩したらしい。
そういうこともあって私は現場一線を退き、ここでこうしてこの座を務めさせていただいているというわけだよ。
いやあ、安易に歳は取りたくないものだよ、実のある人生だったと祈るばかりさ」
確かにティレックスはナキルほど達観した人生を送ってはいないけれども、
それでも一応戦争を経験したものにとっては共感できる話だった、自分の活躍が長い平和を約束できるようなものでありたいものだ。
「それに、この座は今は亡き友人の弔いでもあるんだ、だから他の人にはなかなか任せられないんだよ」
その気持ちもわかった、倒れていった戦友たちのためにも――
「さて、暗い話はここまでにして、せっかく美人さんが2名もいらっしゃるのだから何か話でもしようか」
やっぱりノリが軽い。達観しているからこそ余計に軽いのかどうかは、ティレックスにはわからなかった。
「ほら、リリアさん、言われてますよ?」
「シオりんもでしょ。私んのは社交辞令に決まってんでしょ。」
ったく、この人は――。シオラも見事にスルーを決めていた。
話は先ほどの講義の内容についてはほとんど触れられていなかった。
触れてもほとんど触りの部分だけで、
どちらかというとそれよりも先の部分の話ばかりで何故そういう話になるのか――ティレックスには理解できなかった。
だけど、そういう話のほうがしっくりくる内容もあった。
「とうとう完成してしまったんだね、”禁断召喚魔法”ね」
そもそも、さっきの講義で自分から疑問を投げかけていたのに何でそういう発言がでるんだよとティレックスは思った。
実際、あれはあくまで講義の流れで話しただけなので、いわゆる”やらせ”的なものであったということである。
しかし、よくよく聞くと”禁断召喚魔法”自体は既に実用から長いものであるようで、
ここで言っている完成してしまったというのはPVが完成したという意味らしい――そんな。
「だけど、そんな”禁断召喚魔法”をいとも簡単に行使しているとは――キミもアリエーラさんも何者なんだろうね――」
いや、キミもって――それじゃあリリアリスも使えることになるが? ティレックスはそう言うと、リリアリスは答えた。
「あれは講義用のためにそう紹介したのであって、実際には2人とも”召喚魔法剣”も”禁断召喚魔法”も使えるに決まってんでしょ。」
おい、なんかとんでもないことを軽々言ってんぞこの人――ティレックスの理解ははるかに超えていた。
「ともかく、私ら”ネームレス”はとてつもないポテンシャルを秘めた生物ということで間違いなさそう?」
リリアリスは言うとナキルは頷いた。
「そういうことになるね、
よもや幻獣の精神の大きさでさえ許容することのできる器を成している生物だなんてこの世界の生物の力をはるかに凌駕している。
つまり、もしかしたらキミら”ネームレス”という存在はもしかしたら異世界の存在かもしれないね」
異世界の存在だって!? 何をそんなバカな。だけど、そういえば幻獣というのがそもそも異世界の生物だな。
それと同じってことか!? いやいやいや、なんでそういう発想になるんだ、そんなことは――
「シオりんどーしよ、私ら異世界の存在だってさ。」
「ええ、そう……みたいですね――」
そうみたいですねって、それでいいのか?
「でもまあ、そう言われたほうがしっくりくるみたいだし、違和感もないし。
時折、自分がこの世の存在ではないような気分にさせられることがあるのよね。」
そう言われるとティレックスには少なからず心当たりがあった。
”ネームレス”は揃いも揃って異常な能力者ぞろい、
リリアリスやリファリウスの力を間近で受けた時、
それにカイトやシエーナの能力もそうで、もはやこの世のものとは思えない力だった。
だからもしかしたら――異世界の存在である可能性はないとは言い切れなかった。
「ふむ、するとやはりそうか――」
ナキルは突然何かを考え始めた。
「何よ、どうしたのよいきなり。」
ナキルは10秒程度考えた末、話をし始めた。
「うん、実は少し前に”エダルニア”へ行った時のことなんだけれども、
妙に幻獣のように異なる次元の力を保持しているような人物の存在を確認したんだよね」
えっ、それってまさか――
「そう考えると、彼はもしかしたらその”ネームレス”に属する人なのではないかなと思ってね、
だから一応、この話だけは伝えておこうと思って」
リリアリスは頷いた。
「わかった、せっかくだから調べてみるわね。」
「私はこういう身だからもうこれ以上何をするということはないけれども、調べてもらえると助かるよ」
「ええ。
いずれにせよ、そいつが”ネームレス”となると間違いなくそいつに関わらずにはいられない状況になる可能性もあるだろうから調べてみるよ。
もちろん召喚名手たるおじさまからそういう話が聞けて、なんだかクセのありそうな相手ってことだけは間違いなさそうね。」
この世界にはほかにも”ネームレス”というやつがいるようである。
エダルニアというのはルシルメアからさらに北東のほうにある島の名前であり、そこには”エダルニウス軍”という勢力軍がいる。
以前は島の名前同様に”エダルニア軍”だったのだが、ふとしたことがきっかけに改名しているようだ。
「それより、シオラさんはいいのかな? リリアさんと話したいことはあるだろう? それとも何か? 私らは外そうか?」
だけどシオラは首を振った。
「そうよ。だって、そういう話だったら後でいくらでもできるんだし、今外さなくたっていいわよ――」
そう言うと、シオラとリリアリスは「ねぇー」と仲良くハモっていた。
「ただ、話したい内容が――ちょっと不安な内容なんです――」
不安な内容か――なんだろうか、そう言われるとティレックスもなんだかうずくものがあった、
これはあれだ――そう、少し前にも感じたとてつもなく嫌な予感がするあの感覚だった。
中でも最も嫌な予感がする時と言えば、先日のリリアリスから時折見られる仕草――
なんだか知らないけれども、あの光景があるたびにティレックスとしても心のどこかで嫌な予感だけはしていた。
だから、あのリリアリスの仕草こそが非常にやばいものを物語っているんじゃないかと考え直していた。