翌日、波は穏やか、リビング・ルーム・ユニットに寝泊まりした2人、
ティレックスが朝起きるとリリアリスは既に起きていて”キッチン・ユニット”で活動していた。
しかし彼女は頭を片手で押さえ、眉間にしわを寄せていた――本当に大丈夫だろうか。
「おはよ。お風呂ユニット、一応使えるよ。朝シャンとかは無理だけど。」
リリアリスはティレックスの存在に気が付くと、明るい声でそう言った。
いや、それよりも気分は大丈夫だろうか?
とりあえず、朝の支度をする分にはちょうどいいということらしい。
そういうことならお言葉に甘えるとするか、ティレックスはそう考えて行動に出た。
朝ごはんはとても豪華で、ただのパン食にとどまらず、結構いろいろなものが出てきた。
結局何をメインに食べればいいんだろうか。
「だって、食べ盛りでしょ? 男の子ってどれぐらい食べるかあんまりわからないし。」
とは言うが、リリアリスの食べる量にティレックスは圧倒されていた――
食パンの上に鰤カツとチーズを乗せたもの3枚平らげ、さらにサラダをたくさん食べていた。
見た目は結構な美人さんなのに、これでは少々台無し――食べ方自体は見た目のイメージ通り上品なほうなのだが……。
「ふふっ、どお? お姉さんの料理、おいしかったかな?」
お姉さんの食べる量は別にして、料理のほうはおいしかった――いや、少々スペック高すぎる気がするんだが。
これでは朝食というよりは軽いご馳走である、そんなブレックファーストだった。
「何か困ったことがあったらお姉さんに言いなさいよ? ティレックス君ならいつでも大歓迎だからね!」
その言葉の意図があまりよくわからないが、その謎は後に判明する。
食後、ティレックスは文字通りご馳走になったため、自ら進んで皿洗いをやっていた。
それにより、リリアリスに「やっぱり頼れる男の子は違うね!」
皿洗いが終わり、ティレックスはキッチンから出てリリアリスがどこにいるのかを探した。
すると、リリアリスはリビングルームのソファの上で倒れこむように横になっていた。
「大丈夫ですか?」
ティレックスは心配した。なんというか、出港時からこんな調子だった気がする。
「ゴメンゴメン、全部洗ってくれたんだね、ありがとう――」
そんなことよりも、そんなに具合が悪いのだろうか、ティレックスの心配は尽きない。
「大丈夫大丈夫、私、筋金入りの片頭痛持ちだからこんなのいつものことよ。」
そうなのか――ティレックスは無理をしないように言った。
その後、2人は話し合いをしていた。
「あのさ、訊いていいのかどうかはわからないんだけどさ、マウナ軍潰しといて処理はあれでいいのかな?」
ティレックスはそう言うとリリアリスは答えた。
「解散したはずのルダトーラ軍の反乱分子による奇襲を受けてマウナ要塞は混戦状態に、
さらにこの機に乗じていくつかの勢力がマウナ要塞を攻撃したため、マウナ管轄は壊滅状態に――
そこまでは話を聞いているんだっけ?」
リリアリスが言うとティレックスは頷いた。彼女は話を続けた。
「そのあとは、ガレアはマウナを襲撃した軍からの襲撃を恐れ、折衷案を提示した。
それにより、アルディアスは特別指定区へと設定、マウナ軍は仕方なくそのまま解散させる状態に甘んじることになった。
もちろん、帝国内部ではガレアの子の対応は滅茶苦茶叩かれていたけど、
そもそもマウナの招いた誤算によって今回の被害を受けているのはガレアなんだけどって言ったら、
みんなYesもNoも言わずにただただ黙ることにしたっていうオチよ。」
ガレアとマウナは地続きだもんな、被害を受けるのはガレアって話になるのは当然か。
その建前で話をすれば、やむなしと考えるわけか。でも、ガレアとアルディアスが仲良しこよしになっているのは?
「ルシルメアやルーティスのそれと同じよ。
ディスタード帝国内では”ガレアだから”って理由で軽視されてる……帝国内っつったって、あとは本土軍ぐらいしかいないしね。
一方でヘルメイズはガレアにはむしろ好意的だから、本当に本土軍が目の上のたん瘤なだけ。
他方、ディスタード帝国外でも”ガレアだから”って理由で好意的に捉えられている。
ガレアはよその国からは一応いい評価を受けているところだからね、
アルディアスの不穏分子のこともあって”ガレアの下で”ということについてはルーティスからも是非にと言われているからね。」
なるほど、確かにそれはわかりやすい。
「それと気になっていたんだけど――アール将軍ってか、リファリウスって将軍をやっているわりに若くないか?」
ティレックスは出し抜けに言った、そっちはずっと思っていた疑問である。
”フェニックシアの孤児”、実はこの話がいつ出たのかはという点についてはよくわかっていない、
それは場所が”フェニックシア”という環境に問題があるためである。
”フェニックシア”はセラフィック・ランドのほぼ中央に位置する浮遊大陸、
地の利が不便な場所でしかもド田舎、情報の行き来については大きな制約がある場所だった。
だから”フェニックシアの孤児”が現れたという年の推定は可能だけれども、具体的に何時だというところまでは特定ができない。
そして、その推定年というのは今からだいたい16年前よりも以前のこと、
何故16年前”以前”なのかということだが、皮肉にもこの3年後というのが”フェニックシア大陸消滅事件”の年であるため、
消滅事件の3年前あたりで”フェニックシアの孤児”のことが騒がれ始めたという認識として印象に残っているものが多いためだそうだ。
話を戻すと、16年前で”孤児”と呼ばれるぐらいに幼い状態、ただし、その割には非常に大人びた孤児たちで、
彼らは大人たちも舌を巻くほどの判断能力だったとまで言われていたのだけれども、
16年そこらしか生きていない青二才で将軍が務まるかと言われれば、非常に疑問が沸くのである。
ティレックスの将軍をやっている割に若くないかという疑問はもっともなのである。
「そうね、確かに言われてみれば不自然ね。」
リファリウスがアール将軍になったのは今からだいたい6年も前のこと、
ランスタッド軍の副将軍を任されてからわずか2年後で、
ディスタード帝国軍に入隊してから3年しかたっていないのだという。
「帝国入隊から3年だって!? 嘘だろ!? 大体副将軍やるまで1年しか経ってないじゃんか! わけわからないな……」
リリアリスはお茶を飲みつつ話した。
「まあね、ほぼ1年間は見習い期間で個人能力を確かめる試験をやらされていたからね。
それから正式入隊してランスタッド軍に配属されてから大体半年ぐらいだったかな、
そこでどこぞの軍師よろしくいろいろと作戦を立てて活躍して、気が付けば――って感じだったってさ。
ま、それだけ策士だからって思ってくれればいいよ多分。
もちろん”ネームレス”よろしく腕のほうの実力も伴っていたしね。」
スペック高いな、相変わらず……。ということは、相当なことをやったに違いない。
アールが将軍になった当時は昔の世界大戦の最終期ともいえるような時代、
ティレックスもお世話になったことがあるルーティス学園のあるルーティス島へバランデーア軍が侵攻した時期で、
その戦いに終止符を打ったことで世界大戦も終戦を迎えたのである。
ルーティス島といえば、今やディスタード帝国のガレア領特別指定自治区、つまり今のアルディアスと同じ自治体制となっている区域――
要するに、アール将軍らの活躍によって成り立っているのである。
「まあ、年齢については無視して、とりあえず信用してもらうしかないわね。」
確かに疑問は尽きないが、その答えは出ない。
現状がどうなっているかを見て判断するしかないようである、ティレックスとしては別に疑っているわけではないが。
ただフェニックシア大陸が消滅したことについては原因がまったくわかっていない。
それどころか、セラフィック・ランド連合国は大小13の島と大陸で構成されているけれども、
フェニックシア大陸の消滅を皮切りに、次はフェニックシア大陸目下のエンブリア島、
次にその近くのスクエア島、次はフェアリシア島、そして、アリヴァール島の5つまでが消滅してしまっている。
そして、アリヴァール島が消滅した直後はとてつもない魔物の大群に見舞われた。
特に、セラフィック・ランドもそうだけど、そこから北東の海にあるクラウディアス王国も大きな被害を被ったようである、
それぐらいに魔物が襲ってくるという。
「海の向こうにあるハズのクラウディアスにやってくるのは、どうも”幻界碑石”という力の通り道があるからそれに導かれてやってくるようね。」
そうなのか、それは知らないけれども――ともかく、クラウディアス王国は襲撃の的になるということらしい。
しかし、あの国は流石にその”幻界碑石”という力の通り道があるせいなのか、魔物の襲撃程度ではびくともしないようだ。
……いや、クラウディアス王国といえば、またの名を”召喚王国”と呼ばれているほどの強国――
だとしたら、お家芸である”召喚獣(幻獣)”という存在を利用して、魔物を撃退しているのだろう、
そもそもクラウディアスは強国の一つに数えられるほどの国であるため、理屈抜きにして魔物なんか簡単に撃退しているハズだ。
「そうよ、理屈なんていらないのよ、あそこには”超強くて美しき召喚魔法の使い手”と”超強くて可愛すぎる幻獣”がいるから、なんとかなるに決まってんのよ。」
リリアリスはクラウディアスのお歴々とも面識があるような感じだったが、なんだその2名様は――美しいのと可愛いの?
「いずれにせよ、この修行の旅の最後に行くことを予定しているんだから期待しておきなさいよ。」
そう聞くとティレックスは大きく期待を寄せていた、あのクラウディアスに行けるのか!? 観光地としては不動の人気を誇るようなクラウディアス――。
行ったことこそないが、相当に素敵な場所であることは雑誌にも取り上げられているほどなのである程度は知っていた、実際はどんなところなんだろう――期待は高まる。