エンドレス・ロード ~プレリュード~

紡がれし軌跡 第2部 Rの名を冠する者 第3章 Rとの馴れ初め

第37節 匠

 バス・ユニットの動力は完全に停止していた。 内部はさっきまでいろいろとあった場所には到底見えないほど不気味に静まり返っており、 広さもユニットの大きさに違わない個室シャワーぐらいの大きさにまで狭くなっていた。 なるほど、こういうシステムなんだな――ティレックスは個室シャワーの内部を見て妙に納得していた。
「ほら、夕ご飯を食べるよ。」
 船室の入り口付近にあるバス・ユニットの区画を通り過ぎ、操舵室、そして、 どこかの家のリビングルームみたいな装いの船室へとやってきた。
「船の中とは思えないな」
「まあね。その名も”リビング・ルーム・ユニット”だからね。」
 この船は全部ユニットで構成されているのかよ、そう言うと、
「半分正解。エネルギー制御室的なものと操舵室だけはユニットベースそのものだけど、 それ以外は全部ユニットで構成されていて、後付けでアタッチメントする仕組みなのよ。 ちなみに肝心の寝室ユニットは”スクエア”に置いてきてしまったから諦めてくれい。 その代わり、布団はここに置いてあるから安心しなよ。」
 セラフィック・ランドで3番目に消滅した都市、スクエア。 つまり、ベッド・ルーム・ユニットも一緒に消滅したということらしい。
「あの中に大事なものを置いてきたんだけど一緒に忘れてきてしまったわね――」
 そう言った彼女の顔は何とも暗く沈んでいた、それはなんとも言い難い――
「……まあ、今更ぐちぐち言っていても仕方がないからね、早く食べよ♪」
 リリアリスは気を取り直してそう言った、夕飯はお昼の鰤料理の残りだった。 昼飯は鰤刺し、夕飯は鰤刺しと鰤大根、そして鰤の照り焼きなどの鰤尽くし、加えて、彼女が作ったおかずの数々だった。 しかし、彼女の手料理、豪華というかなんというか、とにかく尋常じゃないスペックだった――
「ふふっ、私ってどお? いいお嫁さんになれるかしら?」
 そういう話については避けるとして、やたらとスペックの高すぎる人だと思ったティレックスだった。
「多分クリエイター魂というか、そんな感じなんだと思う。 何かを創造するのが好きなんだろうね――もちろんただ作るだけでは飽き足らず、 作ったからにはさらにクオリティを追求しないと気が済まないのよね。」
 面倒くさい性格だな――ティレックスはそう言うと、リリアリスは「ほんとにさ。」と言って軽く流した、自覚しているのか……。

 彼女のクリエイター魂を表すものとして、まず、武器が一線を画している。 大剣だか大槍だか分類不明な得物だけど刀身であることは間違いなさそうだ。 とはいえ、単純に刀身と言えるのかどうか怪しい部分のデザインは何とも形容し難く、 抽象的な造形を成しているそれはまるでアクセサリのようにも見える代物だった。 その名も”ワンダー・ニードル”というらしいが、”ニードル”は先端が細いことを示しているのだろうか。 しかしその刃の切れ味はとてつもないものがあり、なんでも軽く刻めるほどに刀身は鋭く形容しがたい形状をしているため、とにかく危険である。 その危険さはほかの武器の比ではない。
 夕食の後、リリアリスはその武器をどこからともなく出現させると、手元に置いて話をし始めた。
「”ネームレス”になる以前のことだけど、この武器使い慣らすのに結構苦労したことははっきりと覚えているよ。 厳密にはこの武器じゃあないけど、これと同じようなモデルの武器で一番最初に斬ったのは自分だね。 作りたての時でまさに処女航海って時にこの武器を振った途端に出血どころか頭の中が真っ白になって自分が崩れ落ちていく感覚になったことを覚えているよ。 幸い、一緒に住んでいた家族がなんかすごい能力の持ち主で一命はとりとめられたけど、そうでなかったら多分死んでたわね。 それなのに私ってば、その後も小懲りもせずに自分を何度切ったことか。 もちろん最初に使った時にあんな目に合ったんだから幾度となく改良に改良を重ねたことで死にかけるようなことは二度と起こらなかったけど―― でも結局、自分を斬らずに扱えるようになるまでには3年ぐらいかかったかな。」
 ”小懲りもせずに自分を何度切ったことか”でなくて、 よくもまあ”小懲りもせずにそんな危なっかしい得物を使うことを考えたな”と思ったのはティレックスだけではないだろう。
「これ、使い手に対する安全性は度外視なのよ。 あらゆる得物をふるったことあるけど、刀剣と槍的なものに、折角だから棒術を使うことを取り入れるといいかと思ったから、 3つの武器の要素を取り入れて物理的な最高精度を突き詰めた結果、こうなったのよ。 だけど――扱いは特殊なものになってしまったかな。」
 そりゃそうだ、どう考えても自分を斬るとかどうかしてる、まさに文字通りの諸刃の剣である。

「とまあ自分で使う分には何とかなったけど他人に使わせるのに技術を強要するのは忍びないからね、 そういうこともあって廉価版を作ったのがこれよ。」
 他人に使わせるのに技術を強要するのは忍びないとかいうが、 そういえば今まで話題には触れなかったけれども、リファリウスはそれと同じものを使っているような。
 それはさておき、リリアリスはその”ロウアー・バージョン”の得物を同じように空間から取り出して、ティレックスに手渡した。 名を”プロト・スティンガー”と呼ぶらしいが、これの廉価版ではないオリジナルのものにもプロトタイプがあり、名を”アルファ・ニードル”と呼ぶらしい。 自分を”小懲りもせずに自分を何度切った”代物は、その”アルファ・ニードル”のほうだったようだ。 で、何が言いたいかというと、彼女の性格的に新作を作る前にはまず試作品を作らなければ気が済まないらしい。 そのあたり、まさに完璧主義と言えそうなぐらい徹底しているようである。
 それにしてもその廉価版も、まだちょっと扱いが特殊なような気がしたティレックスだった――
「まあ確かに、特殊なものね。 そもそもこの手の武器は――つまり私のもそうなんだけど、少ない力でも大きな殺傷力を生み出すことを目的としているものだから、むしろ女性向けの武器かもね。 それに、この廉価版を特に使い慣らしてくれたのが、あのアリよ。」
 アリとはアリエーラのことである。ティレックスは面識ははないが、名前だけならどこかで聞かなくもないような。
「廉価版というだけあって殺傷力もまあまあだけど、それでも十分な性能を持っているわね。」
、確かにこれも何とも形容しがたい得物ではあるけれども、使い慣れたら十分な性能を発揮するような気はした。
「というだけでは面白くないので、一応こんなものも作ってみた。」
 リリアリスは3本目も同じように出した。 そもそも気になるんだけど、その武器の出し方どうなっているんだろうか。
「何、大したことじゃあないよ。もっとも、私が何で風精に好かれているのかはわからないからそこは謎だけど。」
 と、説明しながら武器を出したり引っ込めたりを繰り返していた。 なるほど、どうやらリリアリスもリファリウスも風の精霊の加護を得ている風使いなんだそうだ。 その力を利用することで、武器は常に”風の中に溶け込んでいる”状態を可能にしているのだそうだ。 それがよくわからないけど、とりあえず武器を使いたいときは単純にその場に出現させることで抜刀が完了するんだそうだ。 それを利用すると普通よりも素早い抜刀が可能なようで、その様はまさしく名前の通りの”風精の抜刀術”ということらしい。 それに、その風能力を生かすことで、自ら直接得物を持たずに操ることも可能と、かなり自由な技を繰り出すこともできるそうだ。
 はて、そういえばリファリウスもかつてマウナ軍の計画を台無しにするのに大嵐を巻き起こしたとか。 まさしく弟子は師に似るということだろうか。

 話を戻すと、3本目の剣は普通の大剣だった。 ただ、鞘から抜いてみるとこれまたとてつもなく精度の高い素晴らしい剣のようだった。 その名も”ブラスティング・ストーン”という名前がついているようで、特殊な素材を使用した合金の剣らしい。
「こういう”普通の剣”でもこういう出来栄えを見せつけられると、やっぱりすごい技術を持っているんだなと思うよ」
「えへへ♪ お姉さんのこと、見直した?」
 見直したというより、そもそもこういうことを平然とこなせる人だと思っているので、 もう、これ以上どこをどう称賛すればいいのかわからないティレックスだった。
「ティレックス君はいい人カテゴリ認定。明日からその剣を使って修行するよ。」
 えっ、こんな貴重そうな剣、もらってもいいのか!? ティレックスは興奮した。
「いいよ。その代わり高いよ。」
 高いって――
「ティレックス君のいい人補正に免じてね。その代わり、修行では容赦しないから覚悟しなさいよね。」
 ああ、修行するってことね、こんなにいいものをもらえるのなら修行の1つや2つ――