ということで、ティレックスはリリアリスと何故か一緒にお風呂に入ることになった。
もちろん、彼女はあの布に身をまとったまま――撥水性の高い布である。
そして、ティレックスのほうも履くのを用意してもらうと、その状態で一緒に風呂に入った。
「いくら着ているからと言っても男と一緒にお風呂入るのなんて初めてよ。」
リリアリスは自分の長い髪を洗いながらそう言った、彼女は海に潜ったから大変だろうな、それに髪も長いし。
ティレックスも女の人と一緒は初めてだった、それはそうだ。それにしても広い浴室である。
「魔法の力で内部の広さを拡張してあるのよ。動力切れたらそれも維持できなくなるけどね。」
便利なもんだな、魔法の力を応用してできている設備なのか。
というより、そもそもこの船自体がすべて何かしらの”ユニット”だけで構成されているのだという。
それに、この水は真水!?
「隣の水管理ユニットで海水から真水とお湯の生成、
あと、下水管理用に濾過装置も持っていて、海の水として還元しているのよ。
これ全部、ヒー君と一緒に作ったのよ。」
これも自作かよ……一体どんな構造をしているんだ、この人の頭は。
濾過装置の原理がすごく複雑で、船を動かすための燃料として再利用可能なものにできるというとてもすごいものらしい。
そこいらにあるようなゴミなんかは下水処理に回すことでこの濾過装置によって燃料にできるという。
燃料にならない部分は船内部で蓄積されると最終的に固形のユニットとして一緒に廃棄される、
土になったり海の水に溶けたりと様々なようである。本当にどういう作りなんだよ。
ただ、そうなるとそれなりに作るのに難儀したのも確かなようである。
ちなみにヒー君というのは、ティレックスらが再度マウナ要塞に向かった際にトンネルで出会ったヒュウガのことらしい。
「あ、水管理ユニットはそのままだから水とお湯だけはどこでも出るよ。
だけど、お風呂ユニットに回す分はお風呂ユニット次第だから気を付けてね。」
動力はユニットごとに別個なようである。
2人で身体を洗うと、2人でバスタブに入ろうとした……いや、これは流石にダメだろ!
「なんで? いいじゃん、広いんだしさ。
それにおねーさん、ティレックス君だったらいつでも大歓迎よ♪
きょぬーでセクシーなおねーさん相手に間違いを起こしたくなっちゃったのならいつでも待ってるわね♥」
と、リリアリスは楽しそうにそう言うが、そんな雰囲気とは裏腹に彼女からは異様なオーラが放出されていた――
なんていうか、素直に言うとおりにしつつ、そのうえで間違いを起こそうもんなら殺されそうな感じだった――。
エネルギーがなくて予断も許さない状況、仕方がない――ティレックスは彼女と共に浴槽に浸かることに決めた。
「私さ、本当に何者なんだろうね――」
なんだ、急に改まって。
「何人かにこういう話をしているんだけどさ、ぜんっぜん答えが出ないんだよね――」
……なんだか今までの調子とは異なる展開に。なんでそんな話を?
「なんとなく。せっかくだからきょぬーでセクシーなリリアリスおねーさんのお話を聞いておきなさい。」
すると、いきなり浴室が暗くなった! 一体!?
「エネルギーが切れ始めてきたわね。でももうしばらくは力を維持し続けるから安心していいよ。」
すると、電気は再びついた――最小限の光という感じで、保安灯といったところである。
リリアリスの話はまさしく彼女の人柄の話だった。
変わった人ではあるけれどもユーシェリアの面倒を見ただけのことはあるという、
まさしく”頼れるお姉様”と言わんばかりの彼女のキャラ――それ自身はティレックスも感心していた。
でも、確かに彼女は美人で素敵な女性である反面、男受けは難しそうな性格をしている、
つまりは女性には人気のある勇ましいタイプの女性と言えることだろう。
ガレアには女性の兵士が多くいるし、彼女を頼りにしている側面もあるようだ。
また、ユーシェリアやトキア、フレシアもリリアリスを頼っていた。
そして、リリアリスには特に親しい友人がいる。
その人はアリエーラという人と、プリシラという人、さらに、フィリスという人らしい。
いずれも”ネームレス”に属する人らしく、だからこそなのだろうか、特に親密なのである。
「アリがお姫様なら、私は彼女を守るための女騎士といったとこ。
プリシラもアリと同じようなお姫様で、フィリスは私と同じ女騎士ポジかな。」
女騎士――確かに強そうだ……というか、強いのは間違いないだろう。
「アリは別格かな――彼女とは心で通じるものがあるからね。
同じ”ネームレス”同士でも、彼女だけは特別に心同士でシンクロしているのよね。
お姫様とシンクロしているのよ、同じ女騎士ポジのフィリスのほうでなくて――おかしいと思わない?」
いや、そんなことは――ティレックスはそう言うと、
「あら意外。頷いたら蹴殺してやろうと思ったのに惜しいな――」
図らずも、ティレックスは命の危機を脱したようだ。
「誰と気持ちが通じ合っているのかなんて、それは別に相手がどんな相手だろうと関係ないもんだろ?
誰とも通じてないやつだってそこら中にいるわけだし――
だから、逆を言えば通じているやつがいるだけリリアさんは幸せなんじゃないのかな?」
というティレックスのセリフに、リリアリスは頷きながら言った。
「流石はティレックス君ね、噂どおり、いいやつのカテゴリに属している人なのね。」
なんだそのカテゴリは。
「ふふふっ、安心した。ティレックス君に言われるとそう思えてきた。
ありがとうね、ティレックス君。」
彼女にそう言われて照れていたティレックス。
「ただ、話はここからが肝心なんだけど、
私の性格上――なんていうか、女の中の男っていうカテゴリの人間なんじゃあないのかとか思っているのよね。」
確かにそれは間違いないと思ったティレックス。だって、女の人にしては行動がなかなか大胆である。
いきなり海の中にもぐって化け物魚3体を軽く撲殺してきたり、
今の話からしてそこまで女の人に頼られるというのも、やっぱりそのぐらいの強さがあるからではないのか?
それに今のこの状況――いくら各々で下着一枚来ているとはいえ、それでも男の人と一緒にお風呂に入っている――
状況的にやむなしという合理的なことを加味したうえでのその判断の強さには恐れ入る――ティレックスはそう言った。
「あらら、私が男ってカテゴリのとこで頷いたから今度こそ蹴殺し確定かと思ったのに、
いいこと言ってくれるから殺りそこねたわ、惜しいわね――」
図らずも、ティレックスはまたしても生命の危機から脱することができたようだ。
「逆に男でもカテゴリ女ってやつだっているぞ。
あのアール将軍――リファリウスがそうかな、剣を教えてもらっていた間とかは特になんだけど、あいつはどことなく女性的な面がある。
というより、普通の男にしては機転の利き方がまるで違う。
男には珍しい特徴だと思うけど、だからガレアには女性が多い”女の園”が出来上がっているんだろうか?
男性陣は結構アール将軍のことをいろいろ言ってはいるようだけど”女たらし”という話に言及すると妙に消極的なことが印象的だし、なんとも不思議な感じがする。
だから”女の園”が出来上がるのは必然的なのかもしれないな――」
そう言うと、リリアリスは何故か笑っていた。
「なるほど、そっか、そういうことなのか――なるほど! ……っははははは! あっははははは!」
えっ、今度は何がどうしたんだ――ティレックスは狼狽えていた。
「ごめん、こっちの話――。そっか、そういうことなのね、なんか妙に安心したよ。
とにかく、話に付き合ってくれてありがとね。
さささ、いい加減にそろそろエネルギーがゼロになるから――どうする?
先に出る? それとも後で出る? 脱衣所で一旦脱いじゃうよね?」
……いや、どうしたんだって訊きたかったがまあいいか。
とりあえず、男のほうが着替えが早いと思うので先に出ようかと思い、ティレックスは先に出ることにした。
「そこに置いてあるのを使っていいよ。他に必要なのがあったら言ってね、後で用意するから。」
浴場のほうから彼女はそう言っていた。
タオルはもちろん、下着の着替えまで用意してもらっているとはすごいな――ティレックスはそう思った。
後でちゃんと返しておかないと――その際に個別に洗う必要はなさそうだな……。
それにしてもこの船――あちこちいろんなものが”装備”されているようで、明らかにオーバースペックな船だった。
ティレックスが脱衣所から出ると、
「言わなくても解っていると思うけど見ちゃダメだからね。
それでも、どーしてもおねーさんの生まれたままの姿が見たいって言うんだったら――」
バス・ユニットから負のオーラが……殺される……。
ティレックスは慌ててバス・ユニットから遠ざかっていた、そろそろ勘弁してくれ……。
それにしても個人の船にしては大き過ぎる船だった。
下手するとこの船の上でずっと生活ができんじゃないだろうか。
「ごめんね、今まで着ていたのはバス・ユニットが動かないから洗濯は後日改めてで勘弁してね。
それ、着ているのはあげるから。」
リリアリスは例のミスリル銀繊維の布の上にローブ姿に着替え終わると、ティレックスのもとへとやってきた。
洗濯までしてくれるのか、ありがたい。それにしてもなんだろうか、いい香りがするな。
「うっふふふ、もしかしておねーさんのいいニオイが気に入ったのかな♪」
コメントしがたい……。そろそろ勘弁してもらえないものだろうか、ティレックスは困惑していた。
「まあね。一応そういうボディソープを作ったつもりだから当然よね。」
それも自作か! 本当にどこからどこまでなんだよこの人は!
「ささ、潮風が濡れた髪に絡みつくのもイヤだから、さっさと船室に入りましょ。」
ということで、2人は船室へと入ることにした。