エンドレス・ロード ~プレリュード~

紡がれし軌跡 第2部 Rの名を冠する者 第3章 Rとの馴れ初め

第34節 鰤漁

 ドレッドノート・イエローテール、このあたりでは非常に有名な鰤の品種で、 アルディアスとヘレンティアは一大ブランドとしてその鰤を売り出していた。 ちなみに、ガレア軍はこの漁場を守るためにこのあたりを演習場として使用しているという、 アール将軍らしいといえばらしいな。
 そろそろいいかとティレックスはワイヤーを止めると、しばらく待つことにした。
「ワイヤーだから切れないんだな」
「切れるときは切れるよ。この前、フェラント沖でサーモン狙っていた時なんだけど、 そん時はゴーストが引っかかっちゃったみたいでね、残念だけど持ってかれちゃったわね――」
 マジでゴーストにひっかかったのか――とティレックスは驚いているが、 このゴーストというのは”フェラント・ゴースト”のことを指す。 この世界ではクラウディアスの南にある町”フェラント”産のブランド鮭”フェラント・サーモン”というのが有名だが、 ”フェラント・ゴースト”というのは”フェラント・サーモン”の中でもとびっきりサイズが大きいやつのことである。 海が時化ている日に特に確認される場合があると言われているけれども、このぐらいの巨大魚を相手するとなると、 漁の準備よりも戦闘の準備が必要だと言われているぐらいである。
「ワイヤーは海の水で2年ぐらい浸しておくと解ける物質で作ったんだけど、 このワイヤーの材料もアレだし、作るのに半年かかるんだから易々と持っていくのだけは勘弁してほしいわ。」
 えっ、このワイヤーは自作!?
「でも大丈夫、”ドレッドノート・ライトニング”が来ても大丈夫なように改良してあるから!」
 おいおいおい! 今度は鰤の巨大魚を釣る気か!  あ、そういえば昨日までこのあたりの海は時化てたな――ティレックスは気が付いた。
「”ドレッドノート・ライトニング”、釣れる可能性高いよね♪」
 勘弁してくれ……。

 すると、ティレックスはなんだか急に嫌な予感がしてきた、 ワイヤーが何者かに引っ張られているような感じがしたからである……しかもなんだかとても大きな何かである――。
「おっ! いよっし! 一発で来たわね♪ 実は狙っていたのよね、目撃情報もあったし被害報告もいくつかあったからね。」
 ドレッドノート・ライトニングなどのような巨大魚はそのまま放置しておくと漁業関係者が被害を受けることが多い。 魔物の動きが活発になってあちこちに被害を与えることと同じように、 ドレッドノート・イエローテールやフェラント・サーモンとて例外なく被害を与えてくるのである。 まだそれほど巨大にならないうちに獲ってしまえばわけないけれども、 獲られないまま巨大化だけが進んでしまうと、漁船や定期連絡船などの船舶どころか港湾などにも深刻な被害を与えることも多い。 もちろん、これはほかの魚相手でも同じことではあるけれども――
「だからこうして誰かが何とかしてやろうっていうことも必要ってワケよ。 ついでに鰤刺しも食えて一石二鳥でしょ♪」
 リリアリスは鰤刺しが好きらしい。とにかく、電動リールを巻きあげる作業を開始した。
 しかしその時、船体が何かにぶつかる大きな音がすると同時に大きく揺れた。
「おっとっと! これは間違いなくライトニングだな――」
 とリリアリスは言うが、ティレックスはただのライトニングでないと考えて焦っていた。
「リリアリスさん! これは”ライトニング・クイーン”だ!」
 ”ドレッドノート・ライトニング”の中でも特に大きいものには”ドレッドノート・ライトニング・クイーン”と名前が付けられる。 ”クイーン”という通り、巨大なメスである。マズイな――これだと船がひっくり返ってしまうだろう、ティレックスはなおも焦っていた。 しかし、これは戦闘艦並の強度があるらしい――本当に大丈夫か!?  とにかく、こいつは一戦交えるしかないな――ティレックスは覚悟した。
「そんなにデカイのがいるんかいな――それはしゃあない。じゃあ、ちょっと待ってて。」
 すると、リリアリスはおもむろに服を脱ぎ始めた……って、えっ!?
「ワイヤーは引き上げてよいよ。んじゃ、ちょっくら行ってくるから。」
 服を脱いだリリアリス、なんか布みたいなものが彼女の身体全体を覆っていた。 そして長い髪を結わえると、リファリウスも持っていたような妙なデザインの剣を片手に海の中に飛び込んだ、あの人マジか――
 するとそれから30秒後、彼女は海面まで浮き上がってきた。
「ティレックス君、一旦ワイヤー止めて。 それから、そこにアンカーがついたロープが何本かあるから全部海の中に落として。」
「アンカー? まさか仕留めたのか!?」

 海の中での作業を終えたリリアリスは再び海面にまで浮き上がってくると、船の中へと戻ってきた。 彼女は普通の”ドレッドノート・イエローテイル”を4匹を入れた網を持っていた……海女さん?
「はぁ、びっくりしたわ――何かとびっきりデカくてヤバイのがいると思ったら、 ”クイーン”と一緒に”ライトニング”が2匹引っかかってた。」
 マジかよ――ティレックスは驚いた。 とにかく、どの鰤も余程大きいらしく、船の上に引き上げるのは不可能だったようだ。 そのため、海から上げずに10本のアンカーでそれぞれ串刺しにして船に固定すると、そのまま持ち帰ることにしたようだ。
「ふう、やれやれ。海の中に潜ることになるなんて夢にも思わなかったわ、面倒くさいわねぇ。」
 それよりも、ティレックスはリリアリスが身体中に巻いている布のほうに目がいった。
「何よ、まさか裸を期待していたのかな? この豊満なバストが気になるのかな?  それともセクシーで豊満なバストのおねーさんのフォルムに興奮しちゃいますとか?  そりゃあ男の子だもん、胸の大きな女の子は大好物よね!  そっか、ティレックス君ったらそんなにおねーさんのことが好みなのね♪」
 どれも違う! 断じて違う! 絶対に違うから! ティレックスは全力で首を横に振って全力で否定した。
「ふふっ、そんなにテレなくたっていいのに。 別に私、ティレックス君ぐらいなら弟みたく可愛がってあげてもいいのよ♥」
 そう言われてティレックスは少々危険な香りを感じていた。
「だから違います! その布、もしかしてミスリル銀の繊維ですよねって思っただけです!」
 するとリリアリスは意地悪そうに笑いながら答えた。
「ウソウソ、冗談よ、揶揄ってみただけ……半ば本気だけど――」
 なんで半ば本気なんだ――
「それはともかく、よくわかったわね。 そうよ、これが正真正銘の伝説のミスリル銀で作った繊維。 そんじょそこらの攻撃を受けたってかすり傷一つつかないし、金属アレルギー持ちでも安全安心の伝説のミスリル銀よ、 私はあんまし金属アレルギー反応しないけどね。」
 ミスリル銀――伝説でしか語られることのない金属――初めて見たティレックスはそもそも実在していたんだと思っていた。 それにしても、どこでこれを手に入れたんだ?
「うーん、それが覚えていないのよねぇ。多分、”ネームレス”以前から身に着けていたと思うんだけど――」
 そうか……。
「ま、細かい話はこの際置いとけ。 いいじゃあないのよ、裸体に近いフォルムのきょぬーのセクシーなおねーさんがあんたに鰤さばいてあげるって言っているんだから素直に喜んどけよ♪」
 だから、それにどう反応しろと。