エンドレス・ロード ~プレリュード~

紡がれし軌跡 第2部 Rの名を冠する者 第3章 Rとの馴れ初め

第33節 妙な女性

 女性の巧みな舵裁きによって船が出航した。
「はいよー、シルバー!」
 出港した時の掛け声――なんでそれ? ティレックスはそう思っていた。 そして、しばらくしたのちに操舵室から彼女はでてきた。
「ここまでくればあとは自動運転でいいっしょ、今日は波も穏やかだしねぇ――」
 ティレックスはその穏やかな海をじっと眺めていた、眺めていると戦争の傷が癒えるようである。
「本当にいい天気ね。」
 ティレックスは本題に入った。
「ところで仕事って?」
 すると、女性は改まった。なんだか身体にフィットしない不思議な雰囲気のワンピースを着ているお嬢様――さしずめ森ガールといった感じの装いである。
「そういやまだ自己紹介してなかったわね。私の名前はリリアリスよ。」
 リリアリスは手を出すと、ティレックスは少々照れ気味に手を出した。お互いに握手をした。
「そうね、その前にあんたを呼んだ理由をちゃんと説明しとかないといけないわね。」

 その前にまず、リリアリスのことを説明しなければならないか。
 ”フェニックシアの孤児”とは――前にも説明したように、 セラフィック・ランド地方に存在していたフェニックシア大陸にて、どこからともなく現れた謎の孤児たちのことである。 リファリウス、カイト、シエーナ、いずれもその”フェニックシアの孤児”であり、共通して以前の記憶がないという。 このリリアリスもどこからともなく現れ、以前の記憶がない点で言えば共通していた。 しかし、言われてみれば他にもそれに当てはまる人物をどこかで聞いた記憶があったティレックスだった――誰だったか思い出せない。 そういった人はこの世界には結構いるようで、”剛鬼のレンティス”や”岩鉄のバフィンス”に”薬剤師のイリア”、 はてはティレックス自身の父親である”月読まずのライナス”等といったように、何らかの名を冠するもの”ネームド”という名称に対し、 リファリウスらは”ネームレス”という呼び方をしているらしい。
 ただし、”ネームレス”とはあくまで便宜的な名称を内輪レベルで考えただけのものであるため、 公式的な名称ではないことは一応注意しておきたい。

 リリアリスがティレックスを呼んだ理由、非常に単純だった。
「ということはつまり、リファリウスの代わりに来たってことか?」
「そゆコト。あんただって男に教わるよりもきょぬーのおねゐさんから教わったほうが嬉しいでしょうよ。」
 ……ティレックスは返答に困っていた。 確かにリリアリスはきょぬーのおねゐさんかもしれないが、ティレックス的にはそこはあまり重要ではなかった。
 そもそも教わるって何ってことについてだが、 ティレックスは戦争が終わってからの半年後にリファリウスから修行として手ほどきを受けていたことがあった。 しかし、リファリウスはアール将軍として多忙な身、次回はまた今度ということで約束をし、別れることとなった。 ただ、次回は修行の旅に出るとか言っていたので、それはそれでティレックスもわずかながら楽しみにしていたことではあった。
 そして、それでやってきたのがリリアリスということである。
「そうだったのか。ところでこれ、どこに向かっているんですか?」
 ティレックスは気になっていた、そもそもティレックスにとっては外国なんていうのは初めての体験である。 行ったことがあるのはせいぜいディスタードか、あとは今やガレア軍の領地になっているルーティスぐらいである。
「一応、南東に向かってるよ。」
 南東……マウナから南はアルディアス、さらにそこから南東といえばヘレンティアと呼ばれる島があった。 ヘレンティアといえば先日の話にもあった、マウナ軍が侵攻を断念したことでも記憶に新しい。
 すると遠目にヘレンティア島が見えてきた、あそこに向かっているんだな。

 ところがどういうわけか、リリアリスは船を止めると船に備え付けられている電動リールを作動させ始めた――どういうこと?
「見ればわかるでしょ、今から釣りをするのよ。なんかもんくある?」
 い、いや、別に――ちょっとムキになっている感じがした、イラついている?  なんだか知らないけれども妙に機嫌がよくない気がする。
 それにしてもなんで釣り――
「お腹すいたから。食べたければちゃんと手伝ってよね。」
 そんな、いきなり――
「漁船じゃあないけど戦闘艦程度にはしっかりしているから、何があってもそこまで心配しなくてもいいからね。」
 いや、そういう心配はしていないが――てか、これからそれほどのことが起きようとしているのか? そっちの方が心配だった。 とにかく、ワイヤーが滑らかに海の中に消えていくのだが、一体何を釣るつもりなのだろうか。
「何って? 決まっているでしょ、アルディアス南東部と言えば何が有名?」
 アルディアス南東部といえば”ドレッドノート・イエローテール”という魚が……えっ、まさか――
「そうよ、鰤獲りに来たの。それだけよ。」
 ヘレンティアへ行くなんて一言も言っていない、 つまり、獲れたての鰤を食べようっていうだけの予定だったのか――
「大正解。ほら、さっさと持ち場につきな!」
 無茶苦茶だ……。だけど、獲るための機材や知識はそろっている、どんだけだよこの人。。。