施設内に入ると多くの敵がぐったりと倒れていた、だが死んではいないようだ。
「不殺ずの技――これは相当の使い手の仕業だねえ……」
イリアは倒れている兵士を診ながら言った。
「この技、まさか――」
ユーシェリアが言った。
「私も見覚えがあるな」
イリアも言った。
「ってか、あの時にユーシ……ディアナリスがやったのに似てる気がするんだが――」
ティレックスはそう言った、帝国兵たちに一斉に投射したあの風の刃の技――言われてみればそんな感じもする。
「ただの魔法剣の類かなんかでねえのか? つってもこいつは……ちぃと骨が折れる芸当じゃねえか」
バフィンスでさえその技の跡に舌を巻いていた。
「何者でしょうか?」
フレシアが訊いていた。
「わからんが――先に行くしかないようだ」
レンティスがまとめた。とりあえず進もう。
不殺ずの技のかかっている敵たちをしり目に進んでいくと、奥に人が2人立っていた。
「あいつは……確かこの施設の長――」
レンティスが気が付いた。そして――
「やあみなさん! おそろいだね!」
その施設の長と対峙している女はこちらを見るや否やそう話しかけてきた。
「くっ――よりによってルダトーラの連中が紛れ込むとはな――」
施設の長のほうも話してきた。しかし――
「ああダメダメダメ。
あんたは今目の前にいる強敵をどうしようか考えないといけない状態なんだからこっちに集中しなさいよね。」
すると――
「バカな? 何を言う? 既にもう決着はついているのだろう?
第一、お前はここまで誰一人不殺ずしてやってきている、私も同じ目にあわすのが目的だろう?」
「んまあ……そんな感じかな、生憎殺しはニガテなもんで。」
「ふざけたことを、その気になれば容易いだろうに――。
さしずめ、ルダトーラの連中に引き渡すことを考えているのだろう?」
「まあね。というか、アンタの願いを叶えにやってきた、それが目的よ。」
「何のことだ?」
「とぼけなくてもいい、もう大体解っている。
あとはルダトーラの連中が運良く現れさえすれば……目的は成就されるって手はずなんだよね、
それはそうさ、事は穏便に運ぶに越したことはないからね。」
すると、施設の長は目を丸くし、数秒後の沈黙の後――意を決して話をしだした。
「……いいだろう、お前の言うことは信じる。
多分気のせいだとは思うが――お前は私のよく知る”とある人物”には似ても似つかないが――
だが、なんとなく同じ空気だけは感じる、そいつに免じてお前を信じることにしよう」
さらに話を続けた。
「私は”その人物”にいつも進言している、我がマウナの管轄は明らかにおかしい、
だから”その人物”に何とかしてほしいと。
無論、我がマウナ管轄でそのようなことが発覚しようものなら極刑は免れられぬ――
だが、これはそんな目をかいくぐってきた”その人物”からの差し金と思い、素直に応じよう」
長は素直に武器を収めると、両手を上げながらレンティスの元へ歩いた。
「何のマネだ?」
レンティスは構えながら訊いた。
「簡単に言うとこういうことだ、ルダトーラの面々よ、心して聞くがいい――」
あたりに緊張が走る……!
「……私はもう疲れたんだ! ダイムやバンデルの指示で動くのはもうウンザリだ!
だから、私にとってはもう、この戦争で帝国が勝とうがアルディアスが勝とうがどうでもいい!」
レンティスは首を振り改めて訊いた。
「何を言い出すかと思えば――随分と愛国心のないやつだな」
「愛国心だと!? 何が愛国心だ!?
マウナ軍に参加してダイムやバンデルの指示で家畜以下の扱いを受けながら戦争をけしかけ、アルディアスに勝つことか?
本土軍に参加して、いつも強制労働の危機に恐恐としながら職務に従事し、クラウディアスを陥落すことか?
そもそもサウスディスタード島は入植の地! それにディスタード帝国は古王国からの反乱によって成立した国!
つまり我々はそもそも反逆者であり侵略者! そんな愛国心なんてものは当に投げ捨てたわ!」
このセリフには全員が圧倒された。これまでのティレックスたちの帝国の認識と言えば、
とにかく強い国で、周辺の国々を陥落しつつ、世界征服に乗り出すというのが通例だった。
帝国のために尽くすのはもうウンザリという一点に尽きる、といった印象ではあるが――
でも、帝国国家ができる裏話については初めて聞かされた気がするティレックスたち、
とはいっても、大体はそういったクーデターが引き起こされて成り立つのが帝国というものだから、別に特別なことでも珍しいことでもない。
「できれば私も、いつも恐怖におびえずに職務に従事することができるというのならそのほうがいいに決まっている!
ガレアのように実がありながらも個を尊重し、精神的に休まることが可能な環境で働ければいいに決まっている!
すべてはディスタード王国の陥落からことが始まったのだ! あれを行ったものこそがすべての元凶!
あんなことがなければ私は今やこんなところでこんなことはしとらん!」
仕事に関する爆発というのはどこにでもよくあることで、これはその典型か。
しかし、上司に恵まれなかったのが災いして、無関係なものに矛先が向くこともある。
もちろん、それを彼らに言っても仕方がないことは相手も重々承知しているだろうが、
この人のこれは、もはや重症と言えるものだろう。
逆を言えば、ルダトーラが相手をしようとしているのはそれほどの非道な考えの持ち主であるということ、
そうなだけになおさら気を引き締めなければいけないということでもある。
「なら、いいんだな?」
「ああ、もちろんだ――もう逃げも隠れもしない、さっさと連れてってくれ――」
かといって直接ガレアの将軍が介入できる話でもないだろう――
先にも述べた通りガレアとマウナは犬猿の仲、如何なる経緯があるにせよ、ガレア側からマウナ隊員の一個人をどうとかするという話は無理なことだろう。
ん? まさか”その人物”からの差し金の”その人物”ってガレアの将軍アールのことになるわけか。
それで”その人物”と含みを持たせて言っていたんだな。