エンドレス・ロード ~プレリュード~

紡がれし軌跡 第1部 ルダトーラの精鋭たち 第1章 ディスタード侵攻

第4節 安定のティルフレイジア

 あの場はすぐに解散し、なんとか一人で立てるようになったティレックス、 そのまま帰路につこうとした際にカイトが後ろからそっと近付いてきて話をし始めた。
「キミが選ばれた理由は父親関係ってところだね」
「悪いけど、俺はまだオヤジほどの力はないぞ」
「でも、キミはあれをとりあえず、マトモに使えるようにはなったじゃないか」
 あれをマトモというかどうかはさておき、確かに、あれの使い手としては父親を超えたとこは確かだろう、でも――
「オヤジはあれを使わなくても強かった、俺なんかその足元にも及ばないだろう」
 そもそもティレックスの父親は”月読まずのライナス”と呼ばれた歴戦の勇士でもあるが、 その”月読まず”の名前の由来がティレックスが先の戦いで使用していたあの技…… つまり”月読式破壊魔剣”の知識を持っていながら実戦では一度も使わなかったことにある。 敵としてはライナスがいつその大技を使うのかといつも肝を冷やしながら臨んでいたのだろうが、 それを何故使わないのか――幼い頃のティレックスが父親に訊ねると、 使うときの段取りが面倒くさく、使った後も苦しい思いをしなければいけないからという理由だったそうだ。 つまりそんな大技を使わずともティレックスの父親は優れた腕の持ち主だったというわけである。
「そりゃあそうだろうね、親父さんもそうそう簡単に自らを超えさせてやろうなどとは思ってないだろうね」
 それも一理あった、確かにそんな実力があるやつが他にいたらティレックスらが選ばれる理由なんてなくなることだろう、 そうだな、とりあえずは言われた通りの事を果たしてみるか―― 言われたことですら出来ないやつに今後の仕事は務まらないと言われるのも癪だ、ティレックスはそう考えた。
 すると、ティレックスはふと気がつき、カイトがいる後ろを振り返って言った。
「そうだよ、キミらと一緒に選ばれたのは私らのグループさ」
 ……振り返って……言おうとしただけにとどまった、質問する前に答えられてしまったのである。
「あと、明日は姉貴も合流するから、とりあえずよろしく言っといてねって伝言、確かに伝えたよ」
「テキトーな伝え方だな」
 しかし、カイト=ティルフレイジアは昔からこういうやつだから今更気にするところではない―― 知る人ぞ知る、”安定のティルフレイジア”である。
「そうそう、それからキミ、これから思わぬ人に巡り合えるみたいだから、今から心の準備をしておくといいよ」
 えっ、何を!?? と、詳しい話を訊こうと思ったら足早に帰って行った……、 待て、人の話を……しかし、彼の行動は今に始まったことではない――ここでも”安定のティルフレイジア”である。

 カイトの言うことは信用するしかない。 よくはわからないが、すべてを見通す力を持っているとかいないとか、そう言われていて、 トルーパーズの作戦においても大いに役立っていることから仲間内でも信頼性が高いのである、 何度も言うことになるが、これぞまさに”安定のティルフレイジア”である。
 当人たちは見通す力だなんて大層なものじゃないよというが、 実際には彼とその姉自身もその能力を有しており、 その”予測”の的中率ときたら、ほぼ99.999%ととんでもないものだからすごすぎる、 しつこいかもしれないが、これが”安定のティルフレイジア”である。 そういうすごい能力の持ち主で頭もいいのだけれども、 性格に、多少と言うか……なんというか――とにかく問題がある点は否めない、 少なくとも、悪いやつではないのは確かなのだけれども――また言うことになるが、 それが”安定のティルフレイジア”クオリティなのだ。
 それで、これから巡り合えるらしい思わぬ人って誰なんだよ――心の準備をするにしても、もう夜中なのだけれども。 なお、ティレックスらについては”安定のティルフレイジア”のことについては一切知らない、 恐らくルダトーラの誰もが知ることではないだろう、知る人だけの秘密である。

 なんだか良くわからないままティレックスは改めて帰路についた、 面倒臭いのはゴメンだ――もう疲れたからいいだろう、ティレックスはそう思っていた。 だから、出来ればあいつの予測はあくまで予測のまま終わってほしかった、 心の準備とかする気も起こらなかったのだ。
 しかし、”安定のティルフレイジア”はそう甘くはない。 とある区画を通り過ぎようとしたところ、そこにある廃屋の2階に何者かの影がその場でたたずんでいた。
「うん? 誰だろう?」
 ――それには流石に気になっていた、その廃屋は少々思い入れのある廃屋だったからだ。 これは流石に見逃すわけにはいくまいと思い立ったティレックス、廃屋へと侵入し、2階のその部屋へと向かっていた。
「……誰? 誰かいるの!?」
 その影の主はティレックスが階段を上がってこようとしたときにその気配を察したようだ。 声は若い女の声だが、ティレックスはその声の主の存在を長らく心の奥底にしまい込んでいて、すごく懐かしい感じがした。
「その声! まさか……!」
 特別、特徴のある声ではないのだが、彼にとっては忘れられない声だった。
「ユーシィ! 生きていたのか!」
 ティレックスは叫んだ、その人物は随分前にこの廃屋となった家の中で亡くなったハズだった。 だが、そこにいたのは紛れもなくその人物だった。
「えっ!? まさか――ティレックス!?」
 ユーシィ……ユーシェリアもティレックスのことにすぐ気がついた。
 今までどこにいたんだ? どうして生きているのに行方をくらましていたんだ?  疑問に思ったことはいくらでもあったのに、ティレックスの気持ちは全然それらとは違っていた。 ティレックスは……そう、ユーシィが無事でよかった――それだけしか言うことがなかった。

 それにしても、このユーシェリアの姿には驚かされた。 単に行方をくらませていたというのとはまったく違うようで、 服装も全然ボロボロなどということはなく、意外とマトモな格好をしていた。
 外の街灯の光にわずかに照らされたユーシェリアのその姿を確認すると、 それから初めてティレックスは今までどうしていたのか訊いたのだった。
「実はね、”ガレア”にいたの!」
 まさか帝国か!? ティレックスは驚いていた。 ガレアはディスタード帝国の一管轄区、ティレックスらが直接敵対しているのはディスタードのマウナ軍なのだが同じ帝国内のそれであることに変わりはない。
「そっ、そうなんだけど――でもね、ガレアってすごくいいところなんだよ! アール将軍様の管轄なんだよ!」
 アール将軍というやつは知っていた、そいつはディスタード帝国とルシルメアとの和解の交渉の中心に立っていたという人物である。 もっとも、それがどのような交渉だったのかは怪しいところだが――
「あの人、すごくいい人なんだよ! いろいろ面倒を見てもらったんだ!」
 ユーシェリアが亡くなった――いや、行方をくらましたのは小学生の頃――彼女らが大体10年ぐらい前だが、 それ以来彼女はずっとガレアで生活していたらしい。 それに、あの将軍はあまり嫌な話も聞かないし、むしろマウナを指揮するダイムとはむしろ仲が悪いことでも有名、 そして、今のユーシェリアの服装を考えると平穏無事な生活が出来たんだろうなと思い、 ティレックスはとりあえず安心できたのだった。