エルテン島を成すこの大きな輸送船は、嵐の夜に大きな岩礁の上に乗り上げてしまって航行不可な状態に陥ってしまったらしい。
ガレアで似た輸送船があったが、この輸送船はどうやらアールが将軍になる前からここにあったそうだ。
「大きい船だな……」
「今のガレアでも似たような船を所有しているんだろうけどね、
これは旧式――いまだに旧式がここに残っているんだ、歴史的なものを感じるね」
アーシェリスは訊いた。
「この輸送船の目的はなんだったのですか?」
「今の状況と対して代わり映えはしないよ、嵐に遭遇してここまで流されてきてしまったけど、
本来のルートは、ガレア――旧ランスタッドからルシルメア港を結ぶ航路さ」
ルシルメアとディスタードとの交易だったようだ。しかし、その当時はまだ仲が良かったらしい。
「それにしてもかなりの大きな輸送船ですね――」
そこいらの輸送船のサイズとは規模な違う。朽ちてはいるけれども甲板の面積から圧倒的な広さだった。
「ガレアの軍備で言うところの”ベースシップ”と呼ばれるものらしいね。
戦争でこそ戦車から船まで乗せることが可能だったけれども、
以前はアール将軍の催しで、戦争難民のためのキャンプ施設を仮設したこともあったね、あれは一週間限定だったけど」
一週間だけとは短い気がするが、それには訳があった。
「敵軍から爆撃される恐れがあったからさ。
目的のスクエアやルシルメアへ到着したら、すぐさま解散って、結構大変だったんだぞ」
バディファは見て来たかのような口ぶりだった、それもそのはず、
「あれは私も参加したんだ、”エネアルド師団”の一員としてね」
なるほど。
「ほら、そうこうしているうちにエルテンの元へたどり着いたぞ」
ボートを”エルテン島”の脇に着け、2人は上陸した。
バディファはボートから伸びているロープをエルテン島の適当なパイプに”ほとり結び”で括りつけていた。
「さて、ここがエルテンの住まいだよ。呼んでみようか?」
そこは、恐らく休憩室として機能していたと思わしき場所の扉だった。
バディファはエルテンを呼んだ。
すると中から老紳士風の男が現れた。この人がエルテン――
「おお、よく来たな坊主ども。ささ、入るがよい――」
エルテンは2人を案内し、部屋の中の肘掛椅子へともたれかかった。
「すまんな、見てのとおり高齢なもので、いやはや年は取りたくないものだ」
コメントしがたい。それにしてもどうしてこんなところで住んでいるのだろうか、なんだか不思議だった。
船の内装はそこそこに文化的な生活をしているようだが、それでも少々妙な感じである。
「エルテン殿はもう剣を取られないのですか?」
バディファは訊いた。
「シェトランドの若僧に敗れて以来取ったことはないが、取れと言われれば取れなくはないだろう――
もはや昔のようにはいかんだろうがな」
シェトランドの若僧とはやはりイールアーズのことか。
どうやら何度かあいつと戦ったことがあるようだけれども、負けたのは最後の1回のみ、敗因は老いだったようだ。
そのためか、アーシェリスとしては実力的にはイールアーズよりもエルテンのほうが上に見えた……
いや、そう思いたかったというべきか。
とにかく、本題へと移った。
「確かに”大地剣のエルテン”とはこの私のことだ。アーシェリス殿、私に何の用かな?」
アーシェリスは緊張した、エクスフォス人ではほとんど伝説同然の存在、
アーシェリスぐらいの年齢でそんな人を前にして緊張せずにいられるわけがない。
「緊張しているのか? 私も大人物になったものだな。どれ、せっかくだから少しだけ腕試しをしてやろうか」
えっ、まじで? アーシェリスは恐縮した、猶更緊張したのだった。
甲板の上に出た3人、アーシェリスとエルテンは互いに剣を構えて立っていた。
バディファはその2人の様子を見守っている。
「うーん、しばらく戦っていないからな、今どきの若者に私の腕が通用するかどうか、はてさて――」
エルテンは謙遜していた。
「エルテン殿、アーシェリスさんはクライド家の御曹司なんですよ」
「クライド家の! そうか、どおりであやつと同じ雰囲気を持つと思えば――」
エルテンは何やら考えながら話をしていた。
「エダースとはかつて多くの戦を乗り越えた仲――所謂、戦友だったのだよ」
エダース=クライドはアーシェリスの祖父の名前である。
しかし、アーシェリスが生まれる前にはすでにこの世を去っていた、戦争で亡くなったと聞いている。
「エダースを討ったのはシェトランドの中では最強クラスの実力を持つ万人斬りだ。
あいつの剣には迷いがないし、何より自らの極意をふるい、相手に最大の敬意を払って絶命を完了させる……
脅威にして最大の能力者と言えるだろう」
それはすごい。あの戦争以来、アーシェリスはディルフォードには会えていないけれども、
あの戦争で対面した時のあの迫力――確かにアーシェリスなんかでは太刀打ちできるはずもなかった。
そして、そいつが祖父の仇だったとは。
「戦争というものは多くのものを失う。
そんな中で剣を振るってきた私が言うのもなんだが、そういうのはあまり好かんな」
同感である。
「だが、先ほどの話によると、今起こっているのはただの戦争とはわけが違うようだな」
それについては先ほど、バディファがアーシェリスから聞いた話を簡潔に伝えていた。
「しかし、私も残念なことに――媒剣術の秘密というのをあまり詳しく知らんもんでな。
知らないというよりは口で伝えられるすべを持たないというか、なんというか――」
つまるところ、要は長年の”カン”というやつらしい。
とりあえず、アーシェリスとエルテンは激突した。勝敗については火を見るよりも明らかだった。
これが媒剣術の……大地の力か――いや、そもそも勝ち負けを競う戦いのつもりでやっているわけではない。
「左様。媒剣の基礎はまさに魔法剣にある、だから勢いに任せ、力押しで放てばいいというものではない。
要は、媒介とする能力のみでどれほどの極意を引き出せるかだ」
現に、エルテンはその場から一歩も動かずにアーシェリスとの勝負をやり過ごした、
いや、エルテンにとってはただの腕試し程度に過ぎないのだけれども。
しかし、今になってアールとの戦いでも同じような状況でやられたのを思い出したアーシェリス――
最初に”ダイレクト”で攻撃を受けた時……いや、あれは魔法剣のリーチの問題でアールのほうが劣っていたが、
次に”スプレッド”で攻撃を受けた時もアールの手加減があったけれども、
その次に受けたあの”エメラルド・ブリンク”によるとてつもない魔法剣の威力、
そしてその後の謎の力の失速に至るまでの技の数々、魔法剣というよりはほぼ魔法そのものに近い印象を受けた。
魔法剣を扱う、つまりそもそも魔法が使えないと使いようがない……ということなのかもしれない。
「どうか? ここで少し力をつけていかぬか?」
アーシェリスは数日間ここに通いつめ、エルテンから媒剣の極意について、教えを乞うことになったのである。