今度の船はなんとヴァナスティアのあるヴァナスティア島へと向かっている。
順調にいけば3日程度で到着する予定らしいがこの時点でその3日目が経過している。
島も目前に控えているため、順調に事が運んでいるようだ。
なお、本来ヴァナスティア島の命名権は聖地ヴァナスティアの意向により港町である旧フィロットにあるハズだった。
慣習的にその港町の名前が使われるため本来ならフィロット島を語るハズであり、
実際に大昔はフィロット島を名乗っていたことがあった。
しかし、それが何故ヴァナスティア島となっているのか、これから話すことにしよう。
「船が多いな、さっきもドミナントから出発したばかりじゃないか」
と、バルファースはこぼしていた、船というのは定期連絡船、
ドミナントから出港した船や他の地域から来た連絡船が何隻か集まっていたのである……言われてみればなんとも異様な光景だが、
「それは仕方がないじゃないか――」
カイルは諭すように言うとバルファースは呆れたように言い返した。
「そいつはそうなんだが、言ってもまだ8年後の話だろ?
いくら何でも騒ぎすぎな気がするんだが?」
まあ、確かに――彼の言うことにも一理あった、現に彼と同じ考え方の者もそれなりにいる。
では、それが何の話かというと、
「8年後といえば”グローナシア千年祭”か、それで賑わっているんだな」
と、フレアが言った。
千年祭の話をする上で、そもそもその世界の名前はどうやって決められているのかから話さなければならないだろう。
この世界の名前を定めているのは基本的にはヴァナスティアである。
それこそセント・ローアの刻においてはローアという名前で知られていたのだが、
時の英雄たちの活躍によって邪悪なる存在のはびこるローアの時代を切り抜けると、
その節目として世界の名前を別の名前で呼んでいくという風習が生まれた。
ただ、その際にどう呼んだかは地域によってまちまち……同じ世界に住まう者の間で統一性が取れないという問題が発生した。
それだけならそんなに問題はないのだが、それこそ大きな国同士で争いが起きてもおかしくはないほどにまで発展してしまった。
そこに介入したのがヴァナスティアである。
ヴァナスティアは時の英雄の中ではもっとも強力な存在である”メシア”と呼ばれた存在に連なる者が起こした組織、
その”メシア”が語っていた通り神の奇跡を信じた者たちによって世界の邪悪なる存在を討ち倒せると信じて戦っていった者たちの集団である。
無論、その集団の中にはほかの様々な国の者たちも参加していたこともあり、ヴァナスティアの信頼は厚かった。
そして、ヴァナスティアはいつしかこの世界における信仰宗教として成立すると共に、
この世界における人々の基本的な生き方について示していくこととなるのである。
そして、当時でも問題となった世界の名前を決める役割を果たしているのもヴァナスティアである。
物事には創造されてから繁栄・英華という絶頂期を迎えた後、今度は滅びに向かって衰退、そして滅亡していく……
その後は再び再生して繁栄・英華を迎えてまた再び滅亡に向かっていくというサイクルがあるのだがそれは世界にも当てはまること、
昨今のヴァナスティアではその世界の再生を迎えた刻みで世界の名前を新たに決めるということをしているようだ。
だが、此度のグローナシアの刻においては例外的に1,000年前の出来事である”アルガノルドの戦い”、
オルダナーリアが言っていたその戦いの終結後を節目とした”グローナシア”という名に改めたという経緯がある。
当時の戦いはそれだけ暗黒時代を思わせるような出来事だったことは容易に想像がつきそうだ。
そして、此度はそれから992年目、2年前となるグローナシア990年の刻よりヴァナスティアへグローナシア1,000年の記念イベントの要望が人々の間から集中すると、
ヴァナスティアとしてもこれを無視するわけにもいかず、ヴァナスティア自ら1,000年目の節目に”グローナシア千年祭”を催すと宣言したのである。
それに備え港町フィロットは名称を一時的に”ヴァナスティア門前町”と改め、フィロット島の名前もヴァナスティア島へと改称したのである。
その効果は非常に大きく、ヴァナスティア島への巡礼者や観光客は殺到することとなり、大盛況なのである……まだ10年も早いのだが。
そんな光景に呆れているバルファースと温かい目で見ているカイル、半ばどうでもいいような感じのフレアと、三者三様である。
混んでいるため、おいそれと入港できないバルファースの船。
「肩書は一応冒険家なのか」
フレアはバルファースに訊いた。
「あくまで道楽だからな。
道楽のせいで肝心の施設に入れねえとそれはそれで困る、その程度にはおとなしくしているしかないな」
「そもそも海賊ってのもスリル欲しさに語っているだけだしな! だろ!?」
カイルは意地が悪そうにそう訊いた。
「ったく、余計なことを……。
ま、いずれにせよ、節度をわきまえておとなしくしているに越したことはねえってことだな」
海賊を語っている割にはなんとも常識人……フレアは感心していた。
「この分だと入船手続きにちぃっと時間がかかりそうだ、それまでおとなしくしていることだな」
バルファースに言われておとなしくしようと、カイルとフレアは家の中へと入って行った。
「パティ! お前すげえな!」
カイルは言うとソファに座っている彼女はザードを抱きしめながら嬉しそうにしていた。
「えっへへー♪」
「なるほど、なんともいい腕を持っているな、こればかりは私にも難しい芸当だ」
フレアも絶賛していた。
「”お姉様”にまで誉められるだなんて嬉しい!」
ハンターを志望するに足る能力の持ち主であることは明らかだった。