ドラゴン・スレイヤー ~グローナシアの物語~

第1章 シュリウスの都

第6節 殺人事件

 フレアはこの十三式の建物の2階にある部屋を使わせてもらっていた。 急斜の天井に天窓、星を見ながら寝られる。
「なかなかいい部屋じゃないか。お前は使わないのか?」
 フレアは部屋から戻ってくるとカイルにそう訊いた。
「……ん? ああ、好きに使ってくれ。俺はパスだ」
 現に、ここしばらく使われていた気配がなく、ほとんど物置のような状態となっていた。 何があったのかはわからないが少なくともあまりいい話ではなさそうだ――だから訊くのは辞めておこうとフレアは考えた。

 翌朝、目が覚めるとフレアは何か嫌な予感がした――
「腐臭がする――」
 そして、支度をして部屋の外に出たらカイルがいた。
「よう、おはよう……どうかしたか?」
「……おはよう、何でもない」
 しかし悪い予感がしてならない――フレアは頭を抱えていると、その予感は的中した。
「やれやれ、また犠牲者か――昨晩で14人目……」
 カイルは朝刊を見ていた。
「何の事件だ?」
 フレアはそう訊いた、シュリウスに来たばかりの彼女には何の話か分からなかった。 どうやら連続殺人事件らしく、ギルドで詳しい話が聞けるようなのでそうすることにした。

 ギルドに着くと情報屋のローナスがいて、カイルは早速話をした。 ローナスはいわゆるメタボリックシンドロームの体格だった。
「はい、おはようさん。夕べもやられたってね」
「犯人、なかなかつかまらないしな」
「そろそろギルドに”落ちてくる”んじゃねぇの? あれから2か月近く経ってるし」
 ”落ちてくる”というのは依頼が来るということではあるのだが、今回の依頼主は警察である。 警察が犯人を追っている状況で、それで解決しなければギルドへ依頼してくるので、 まさに政府側の組織である”御上”から民間に依頼が下ってくる様を言い表す表現として”落ちてくる”や”降りてくる”が用いられる。 長らく事件解決していないということから警察もギルドに協力を要請してくるというわけである。
「ところであの美人さん誰だ? 新しい仕事相手か?」
 ローナスはフレアを指差して言った。
「ん? ああ、アルタリアから女ハンターだよ」
「えっ、あれでハンター!?」
 ローナスは彼女に食いついた。
「やあどうも、情報屋のローナスです、以後お見知り置きを……」
「フレア、気をつけろよ、そいつ手が早いから……」
「カーイルっ!」
 そんなやり取りにフレアは呆れていた。 しかしせっかくの情報屋なので、仕事をしてもらおうとフレアは考えた。
「うん? 夕べの事件?」
 シュリウスではここ最近、夜中に女性を襲うという割とありがちな事件が起きているのだという。
 ローナスとカイルは話を続けた。
「外傷は爪のようなもので裂かれていて、そこから一定量の血を抜かれているんだと」
 まるで吸血鬼<ヴァンパイア>の犯行だということで、 シュリウスではこの事件を通称”ヴァンパイア事件”と呼んでいるらしい、 だから犯人も”犯人”ではなく”ヴァンパイア”という言い方をされる。 もちろん、警察組織はそういうことに対しては否定的だが、 世の中の関心を集めていることもあってか、メディアへの公表にはいわゆる”ヴァンパイア事件”と発表している。
「こんな犯行じゃあすぐに捕まる、警察はそう言ってたけどな」
 それでもすでに2か月近く経っている。 犯行のあった翌日である今日、解決に至らなければおそらく降りてくるかもしれない。
 それにしても爪と血――フレアには思い当たる節があった。

 ヴァンパイア事件については発生から1か月ほど経過してからギルド側もずっと調べを進めていた。 1か月経てば流石に”落ちてくる”ハズだろう……そう思ってのことだったが、 警察は”こんな犯行じゃあすぐに捕まる”と判断していたせいでなかなか落ちてくることはなかった。 そのため、ギルド側としても表立って目立った行動はできず、しっかりとした調査はできずにいた、 警察に依頼されたわけでもないのに勝手なことをすると警察のメンツも丸潰れだからである、 殺人事件なのにそんなこと気にしなくたって――
 要は、”落ちてくる”こと自体は警察にとっては最終手段に過ぎないのである。 だが、そろそろ流石に警察としてもこのままというわけにはいかないため、 ギルドのお偉方が動き出し、警察に直接掛け合っているところなんだそうだ。 つまり、いよいよギルドとしても本腰を入れる必要があるということであり、 カイルたちは駐在所で軽めに話を聞き込みしていた。 もちろんまだ正式には決まっているわけではないし、 警察としても本当はいけない行為なのだが相手は刑事ではなく町のお巡りさん、 カイルたちにとってはお得意さんということもあり、タレコミ程度の話は聞くことができるのだそうだ。