ドラゴン・スレイヤー ~グローナシアの物語~

第1章 シュリウスの都

第2節 シュリウスの一日

「よう! おはよう!」
 ”あいさつの出来ない人間は仕事ができないと思われても仕方がない” とはどの業界においても言えることで、彼は入ってから必ず1回は言うことにしている。 もちろん、中にいる人間はそれを受けてあいさつを返す。
 仕事は早いもの順なので、始業時間から5分前とか15分前に来るようなら既に仕事は先に取られているはず。 とはいえ、彼には9年のキャリアがあるので自分から仕事を取ると経験の浅い後輩から取り上げてしまうことになる。 だから、先輩は後輩がとってきた仕事を手伝う形を取ることが多く、後から出勤してくる者が多いのである。
 後輩がとってきた仕事以外には前日に持ち帰った仕事をやることもあるが、今日は特に何も抱えていなかった。 とりあえず、彼はいつも通り9時30分まで何もなければくつろいでいることにした。

 彼は事務所の入り口付近にあるソファに座ると、それぞれ鎧を着た2人の同僚がやってきた。 片方は業界4年目の後輩で彼と同じ魔物専門、もう片方は12年目の先輩で”運び屋”を専門としているらしい。
「昨日のドラゴン討伐はどうなったよ?」
「いや、知らない。多分あいつは……」
 先輩の問いに彼はそう答えた。
「俺、さっき連絡してみたんだけど……つながらなくて」
 後輩は言った。死んだのだからつながるはずもなく。その時だった――
「おい! 大変だ! とうとうあのドラゴンが斃されたぞ!」
 入口から大声で誰かがやってきてそう言った。 誰かと思えば”情報屋”のローナス=レスタティルだった。
「なんだって!?」
 事務所内の人間は皆驚いたが、それと同時に金髪の彼は冷や汗をかいていた。

 話題の矛先は当然のように彼に向いた。 彼があの晩あいつを見送ったということはすでにみんなに知られているため、彼に訊くのは当然のことだった。
「カイル、あいつが倒したのか!?」
 カイルが彼の名前だ。彼は知らないと言いきった。後輩は何度か連絡していたが、やはりあいつにつながらない。 あいつは始業時間までにも来ないし、とうとうあいつの自宅まで確認しに行った同僚もいたが、 あいつの存在は確認できず、死んだことになった。 9時30分から行動を起こそうと思っていた彼だが、その話題だけですでに10時を回っていた。
 やはり、ドラゴンが斃されたという話はそれだけ重大なニュースなのだ。 この事務所でこの話が広がると、1ヶ月程度で都全体に伝わり、都中ドラゴンの話題でもちきりとなるだろう。
 しかしローナスのやつ、どうしてドラゴンが斃されたことを知ったんだ?

 いつまでもドラゴンの話ばかりしていても仕事にならないので、 それぞれドラゴンの話をしつつも持ち場に戻って行った。
 ローナスも去った、多分情報メディアにでも情報を売りに行ったのだろう。それでもカイルにはまだ仕事が入ってこない。 今の時期的には一気に仕事が入ってくるので、それまでは事務所の入口付近にあるソファでゆっくりしていることにした。
 すると、何かを探しているような女が入ってきた。どうやらここを探していたようだ。
「シュリウスのハンターズ・ギルドはここか?」
「らしいな。表の看板を見ればわかるだろ」
 カイルはそう答えた。容姿端麗、綺麗な女だ。 細い長身に青いロングヘアーで印象としてはどこかのお嬢様だろうか、 よくもまあこんな事務所まで迷子にならずに入ってこれたもんだ。
 もちろん女性客は珍しくない、一体なんの用だろうか。 そう思っていると、事務所にいた人間のほとんどが驚くことを言った。
「アルタリアのハンターズ・ギルドから来た。しばらくここにおいてくれないか」
 シュリウスには女性のハンターがいないため誰しもが目を丸くした。この女、ハンターなのか!?
 それにしても、アルタリアなんて遥か遠い北東の雪国、 そんなところからわざわざ何をしに来たのだろうか。
 女ハンターの話を断る理由も特になく、受付で今のところ仕事がないことを確認すると、一階のオープンカフェに行った。
 その際、彼女はカイルのほうを向いて顔をしかめた。
「な……なんだ?」
「……いや、何でもない、悪かった」
 女ハンターは悪びれた様子でその場を去った。一体なんだったのだろうか?

 11時過ぎになると、カイルは東の町はずれにある施設まで積み荷を魔物から守るミッションを受け、 昼過ぎに依頼元の施設へ集合することとなった。
 現地へ向かう途中、ギルドの外のカフェであの女ハンターに会った。 護衛ものは1人よりも数は多いほうがいい、ほかに人手がなかったので声をかけてみた。
「なあ、仕事あるんだけど一緒にやるか?」
「わかった。一緒に行かせてくれ」
 護衛とはいいつつも、あまり魔物と遭遇することはなかった。 ただ、外にある施設というのが比較的距離が長く、時間を費やした。
 2人で仕事をさっさと片付け、事務所に戻り報酬を受け取ったら時間は17時になっていた。
 いつもなら仕事を何件か持って外に出るのだが、この日は珍しく仕事が少なく、仕事は終業時間の17時30分に終了した。 理想はこの時間だがいつもこの時間で終わるとは限らず、時間調整のために早めに終わったり、時には残業をすることも多い。