ドラゴン・スレイヤー ~グローナシアの物語~

第1章 シュリウスの都

第1節 シュリウスの朝

 朝6時、男は起きると短いツンツンの金髪の寝ぐせがひどかった。
 あの日は散々な目にあったが、それがどうやら寝相に出たらしい。 服も着替えないでそのまま寝たのもあって、掛け布団も敷布団もとにかく滅茶苦茶だった。
 あの日だけでどれだけ疲れたのだろうか、ドラゴンに挑んだ友の死、やり切れない気持ちもよぎった。 あの現場にいたんだ、みんなには何か説明しなければならないだろう。 これからを考えるともっと面倒になりそうだ、いろんな思いが交錯してなかなか寝付くことができなかった。 それを象徴するかのように、鏡をのぞいたらそこにはひどい顔をした自分がいた。
 とにかく顔を洗って歯を磨く。 その間にもとの顔に戻っていったが、気持ちの面ではそうもいかないようだ。
 鎧を着て剣を携え、さっさと朝食をとって町へ出かけた。

 彼はハンターをしている、この御時世ではあまり珍しくない職業だ。 ”5年経てばベテラン”と言われるこの業界、彼はもうかれこれ9年目に突入するが、未だに知らないことも多い。
 彼はギルドというものに所属しており、そこで仕事をもらって生計を立てている。
 ハンターの中にも専門分野というものがあり、彼は魔物などと戦うようなことを専門としている。 たとえば魔物討伐はもちろん、町の外へ物を運ぶ時の護送、 戦うといえば最近、同業者と共に無人兵器の耐久テストで10分間格闘したこともあった。 わざわざ魔物が多数出没するといわれている場所での検証実験…… 仕事の結果は成功だがクライアントのテストの結果はボロボロ、 無人兵器なんていう割には大したことがなく、ほとんど彼らだけで戦っていたようなもんだった。
 そういう仕事も回ってくるけど、正直あれはきつかった。
 そして、問題となるあの日のことだが、同僚がドラゴンを斃すためにそれを見送ってほしいと言うから洞窟まで行ったんだ。 約束では洞窟から行って帰ってくるのを見るだけだったが、その夕方にギルドでドラゴンの情報を仕入れていたら、 三日ほど前にあの日の同僚と同じ目にあった人がいたという話を聞いて、結局、説得しようと彼も洞窟へ入ることになってしまった。 その結果は――もう言わなくてもわかるだろう。
 しかし、未だにどうやってあのドラゴンを倒せたのかが分からない。

 予定通り、自宅から町へは10分程度で着いた。そこからギルドへはまた20分程度かかる。 歩くと結構な距離、バスも走っているのでもっと早く着くかもしれないが、 タダではないしバス停にいつでもバスがいてくれるわけでもないためいつも通りギルドまでは歩いていくことにしていた。
 町の外からひとたびストリートへ入ると、そこにはアスファルトの道路が敷かれている。 徒歩が基本の冒険者にとっては痛い地面だが、ここはシュリウスの都、田舎とは違うのだ。
 大都会を象徴するかのように、ストリートの両脇には鉄筋コンクリートやガラス張りの大きなビルが立ちそびえる。 道路には自動車が走っている。
 彼の家の方面から都に入ると、結構自動車が走っていて非常に危ない。 その危険を回避するために信号なるものがあり、それを無視して道路を横断することはできない。 自動車の排気ガスが苦手じゃない人はいないと思うが、人によってはここを避けて通るぐらい密度が濃い場所でもある。 匂いもそうだが、ここは近くを通っているバイパスに高速道路の入り口があり、 自動車の通りも余計に多く、音も特別うるさい。
 だが、彼はほぼ毎日ここを通るので、もう慣れたもんだ。

 とにかく、悪臭・騒音ゾーンを突破して、比較的静かな都の中心地へ着いた。その真ん中には噴水公園がある。
 朝の通勤ラッシュはここでも続いており、この一角は都の中枢があるため、特にスーツ姿のサラリーマンが目につく。 地下鉄もあり、駅の近くを通ると電車が走っている音もよく聞こえてくる。
 長年この都に住んでいる彼でもどこに何があるかはあまりわからないが、  都を支える要所のあるところぐらいはだいたい見当はつくし、 仕事の関係上、そういったところからも依頼が来るので、要所とはいえどわかるところも割と多い。
 その要所のうちのひとつ、鉄筋コンクリートのビルであるが、一階のコーヒーの香り漂うオープンカフェにある階段を上り、 その先の一部にハンターのギルドの事務所がある。 入口はこじんまりとしていて少々目立ちにくいが、小ぎれいな看板も立っていて外部の人間でもすぐにわかるはずだ。

 事務所に入ると、それぞれいつも通りの時間に同僚が来ていた。 彼は予定通りであれば始業時間の9時5分前にここに着くが、 この日はあの悪臭・騒音ゾーンを運よく早く抜けることができたため、15分前に着いていた。
 そもそもハンターは基本的にフリーランスという形態ということもあり始業時間などあってないようなもの。 だが、ギルドという組織に所属しているということはノルマが課せられる。 それにより、優先的に依頼をこなしてくれと指令が下ることとなり、業務による拘束時間が発生することとなる。 無論、依頼の内容によってこなせるかどうかは人それぞれになるのだが。