クロノーラ・クロニクル

第3章 旅は道連れ世は情け、人はデコボコ道中記

第50節 プリズム族の世界

 レミシアは”夜更かしは美容の天敵”とか言いながら家を去って行った。 なんとも気さくで話しやすい、面倒見の良い頼れるお姉さん……そんなイメージを胸にレイとクラナは寝床につこうとしていた。 すると――
「あらあら、遅くまでお疲れ様です。もうお休みになりますか?」
 と、ミュラナがそう訊いてきた。その傍らにはラーシュリナとシャルアンがそれぞれのベッドで寝ていた。 これは流石に無理そうだな、ベッドも人数分あるし――レイは諦めて1人で寝ることにした。 あれ、そういえば男たちは?
「男の方々は別室で寝てもらうことにしました、ここは女の園ということで!」
 よし、野郎共には遠慮願おうか。ってか、ボロ雑巾はどこ行ったんだろうか。

 朝起きて、レミシアが居間で何か作業をしていた。
「あらおはよ。髪、大変じゃない?」
 レイは自慢の長い髪の毛を見せ、苦笑いしていた。すると――
「それならいいのあげる!」
 えっ、何をもらえるの!?

 ウサギはレミシアの目の前に座らされていた。
「あんたみたいなボロ雑巾でも一応聖獣になる身なんだからちゃんと勉強しなさいよ!」
「はいっ! お姉様っ! おっしゃる通りですっ!」
 一応聖獣”になる身”……レミシアの中ではまだなっていないという認識らしい。 とにかく、ボロ雑巾ウサギはお姉様にこってり絞られていた。 一方のお姉様はヘアアクセサリのようなものを真剣に作っていた。
「はい! あんたの目! 今は何処見てる!?」
 レミシアお姉様からの問題!
「……はい! 今はきちんとお姉様の薬指の先にある糸を見てます!」
「……あ!? なんだって!?」
 レミシアお姉様の機嫌がヤバイ……
「すみません! 正しくは小指でございます!」
「……はぁ!? テメェ! ぶち殺されたいってかぁ!? 今日の夕飯はウサギ鍋だなぁ!」
 レミシアお姉様の機嫌がヤバイ……!
「えっ……あっ! 大変申し訳ございませんお姉様!  ”右手の”薬指の先の糸でございます!」
 すると、レミシアは機嫌を急によくしていた。
「……そうよねえ! 当たり前よねえ!  こんなもんもわからないボロ雑巾はもはやボロ雑巾ですらなく、ただのゴミだからねぇ♪」
「そ……そりゃあそうですよ、お姉様ぁ♪」
 だが――ボロ雑巾ウサギは大量の冷や汗が止まらず、そこには水溜りができていた、 モノづくりは一日にしてならず! 頑張れ聖獣……。

 リミュールの里、ここは世界崩壊前後で全く変わっていないのだろう――そう思ったレイ。 なんていうか、素朴で質素……あたりは森に閉ざされ、 空から差し込む日の光に関わらず、うっすらとした霧の中のこの空間―― そんな中に文明的とは全くと言っていいほどほど遠い家がいくつか立っているのみだった。
「そうよ、ここはこういう世界なのよ。 多くは求めない、自らに枷を課す種族だからね、 外の世界との交流は極限にまで避けて伝統を守って生きていく――それがこの世界のルールなのよ。」
 レミシアはそう説明してくれた、そういう生き方もあるのか。
「だけど、多くは求めないけど外の世界の男児だけは別でね、 この世界に生きる女たちの狩りの対象は”男”と書いて”エモノ”ってワケよ。」
 なるほど……彼女らは”エモノ”を狩るというわけか。 だが、レミシアは外の世界のプリズム族なのでその感性はないのだそうだ。
「感じるでしょ? この空間には妖術が含まれてんのよ、つまり誘惑魔法ね。 不用意に男たちがこの森にこようものなら、たちまちこの空間に取り込まれ、 この森に住まう女たちに身も心も奪われて生きることになるのよ、 ゆえにここは”妖魔の森”というのが通例ってワケね。」
 なるほど、てことは女には無害ということでもあるのか。 そういえばラーシュリナが結界って言ってたけど、どうやらそれはこの森を妖魔の森―― 簡単に言うと、迷いの森にしてしまう効果がある結界なんだそうだ。

 ところで――レイは剣を出した、アーケディスで見つけたものである。
「これ、シルグランディアの銘が刻まれているんだけど――」
 レミシアは受け取った。
「あらほんと、いつの時代の誰かしら?」
 レイは見つけた場所や経緯を話した。
「ふーん、アーケディス……ティンダロス邸でしょ?  結構出入りしていたようね、おそらくだけど、大昔の騎士団の頃からお世話になっているみたいね、何の縁かまでは伝わってないけど。」
 そうなのか――レイは考えていると、
「やっぱり――これ、銘にエンチャント透かしが入っているわね――」
 エンチャント透かし?
「名前の通りのエンチャントの透かし……私が便宜的に命名したんだけど、物理的な銘のところにエンチャント加工を施してシルグランディアである以外に自分の本名を忍ばせるのよ、単なる遊びなんだけどね。」
 そんな技術が! すごい!
「ふーん、なるほどねぇ……”ネシェラ=ヴァーティクス”って書いてあるわね……やっぱり、ネシェラはヴァーティクス……シルグランディアを賜る前後のシルグランディアってわけね。」
 そうなの? レミシアは続けた。
「プリズム族に反して、私らはシルグランディアの女系一家なのよ。 プリズム女は相手の姓を継いでいくみたいたけど、うちはシルグランディアを継ぐんだってさ。 無論、男も生まれることもあるんだけど、うちはそういう家なのよ。」
 あれ、プリズム族でも男が生まれることがあるの? レイはそう聞くと、後ろからミュラナが言った。
「それはそうよ、女の子ばかりだけどねー」
 遺伝子的に女の子が生まれる率が高い、そして……
「女の子が生まれる率が高いから、プリズム族の文化では女の子は育てやすいらしい。 でも男の子を育てることについてはさっぱり理解がないみたいだ。 だから男の子が生まれてもバッサリと男である事実を切り捨て、 女の子に育ててしまうってこともあるって聞いたことがあるわね」
「流石に聖獣様はお詳しいですね、 確かに、私の知り合いの何人かもそれをしていますね。そして、実際に子供まで生まれています」
 ……6年前にクラナとラーシュリナから聞いたとおりだった。 でも……バッサリと男である事実を切り捨て、 女の子に育ててしまう……そんな人いるのかな、見分けがつかないのかな?  まあ……つかないのか、だって……
「男もいるって話も聞いたことがあるけど、それは少数だろうね。 これについてはいろいろと言われている種族だけど、 基本的には遺伝子的に女の子が生まれる率が高く、 そういうことから例え男に生まれても女性の容姿に近い素質を持っていて、 男でもやっぱり容姿端麗なのが出てくるってことだろうね」
 クラナはそう言ってた、なるほどねぇ。 でも……外見からわからないんじゃあ案外隠れ男がいたりして? はは、まさかね……冗談交じりで言うレイに対し、ミュラナが爆弾発言!
「えっ!? 今、なんて!?」
「ん? 何? いや、だからさ……」
 が、レミシアが……
「ミュラナ! そういう話はお外の人にしちゃダメって言ってるでしょ!」
 言われて気が付いたミュラナ、もう言ってしまったからには遅い。 さて、それがなんの話なのかというと……