アルティニアの港とは言うが、実際のアルティニアの都は遥か北東の地にあり、ノース・エンドからこんなに近くはない。
ではこの港は何なのかというと、アルティニアの都がどんな場所なのかを考えれば恐らくお分かりになることだろう――
そう、今レイたちがいる場所よりもさらに雪深い土地――雪に閉ざされた地ということである。
それでなおかつ、アルティニアは海抜のある崖の上のため、海からは遠いということも要因としてある。
そのため、その町から船を出すことは困難――ということで、アルティニアの港はその町から離れたノース・エンドの北部に位置しているのである、
一応”氷河航路”ということで船が行き来するのは大変な場所だが、世界崩壊直前までは定期便があったらしい。
だが、世界崩壊後は通称”凍てついた港”とも言われるこの地から、
文字通りの”凍てついた港”となっていて船が出入りしたことは一度もない。
だが、レイたちはそこを通り過ぎてしまっていた、場所はそこからさらに東の森の中へと進んでいくようだった。
流石にマグアスも森の中では翼が広げられないため、馬車の上に止まっていた。
すると、そのうち雪の地面がなくなり――
「ふう、ここまで来れば大丈夫でしょう――」
と、ラーシュリナは息をつくと、馬を降りて馬車のドアを開けた。
すると、真っ先にレイが飛び出してきて――
「わぁい♪ おねーちゃん♪」
無茶苦茶ベッタリと甘えてきた――
「ちょっと! レイ! まだ早いでしょ!」
クラナは苦言を呈していた。
だが、自分の隣のウサギも――
「わぁい♪ シャルアン様ぁ♪」
……彼女にべったりと甘えていた――
「お前もか! このクソウサギ!」
だが――クラナは異変を感じていた、ウェイドもなんだか様子が変だ、その場でなんだか寝込んでいる――
「クロノーラ! ここは妖魔の森、プリズム族の庭だ! こいつら、そろいもそろって妖術に取り込まれている!」
なんと! つまりは誘惑魔法というわけではないが、その影響で狂ってしまったというのか――クラナは焦っていた。
するとラーシュリナが言った。
「すみません、結界を張りなおした影響かもしれません。
そのうち意識を取り戻すと思いますので、今しばらく辛抱していただけますか?」
ああ、言われてみればそうだ、クラナは考えた。
「しっ、しかし――」
一方で、マグアスは悩んでいた、聖獣ゆえに精神耐性は強めか……妖術への耐性が強いようだ。
「いいよ、行くよ、こんなところでじっとしてても仕方がない。
そもそもレジアに会いに来たんだ、行くしかないだろ?」
それもそうか――マグアスは覚悟を決めた。
「うふふっ♪ じゃあ行きましょうねー、ディア君♪」
「はぁい♪ シャルアン様ぁ♪ ボク、シャルアン様のことがだぁい好き♪」
ディアはいつも通りデレていた、これはむしろ平常運転ではないですかね?
「それじゃあ、レイさんも行きますよ」
「はぁい♪ おねーちゃん♪ 私、おねーちゃんのことがだぁい好き♪」
うむ! こっちも大体いつも通りだ!
そして、その2人にエルドが付いて行った。
「いいんじゃないですかね?」
と、スクライティスは馬車の後ろからそろっとやってきた。
「あんた、いつの間に外にいたんだよ!」
「私は最初から乗ってないですよ、このままだと妖魔の森に入ると思ってちょっと様子を見ることにしたんです、
心配することではなかったようですけどね」
こいつ、相変わらず意地が悪りぃな、どうなるかある程度知ってったってこと……
できればあのままの甘えん坊のレイでいてほしかったなと思ったクラナ……
それは夕食の席――はい、お察しの通りです。
「ん~♪ おいし♥」
レイの頬っぺたは完全に落っこちていた。
「せっかくの修行での変化ぶりが台無しになっちゃうでしょ!」
「だって、お腹すいたんだもん……」
「だから! 食べる量考えろって言ってんの!」
そんな光景に1人のプリズム族が笑っていた。
「あははっ! レイさんって本当によく食べるのね! 本当に作ったかいがある!
なのにそれに比べて――この2人ったら……
戦士は身体が資本だって言っているのにラーシュリナはあんまり食べないし、
シャルアンも太るからってすぐにご飯抜きたがるし――」
ラーシュリナとシャルアンは反論した。
「だっ、だって、そんな! 太ったらおしゃれな服が着られなくなっちゃうじゃないですか!」
「そうよ! それを引き換えにする選択肢は私にはないの!」
なんかムキになってるラーシュリナもまた可愛いなぁ……レイはその光景をほのぼのと眺めていた。
「はあ、やれやれ。
ごめんなさい、急に押しかけてきちゃったみたいで――」
クラナは申し訳なさそうに言うと相手のプリズム族は答えた。
「いえいえ! 私もこんなにたくさん食べてくれる娘が来てくれて、むしろすごくうれしいですよ!
ところで……そちらの方はいかがでしたか? お口に合いましたか?」
と、ウェイドに言った、するとシャルアンが言った。
「あーっ! ミュラ姉さん手が早ーい! もう男をロックオンしてるー!」
なんだと……当事者はもちろん何人かは驚いていた。だが、ミュラナは反論した。
「そ、そんなことないってば! お客様なんだから当然でしょ! 今のはただのいつものクセよ!」
いつものクセって……クラナが言った。
「ここはプリズム族の里、女だけで成立している世界だから男児の存在はとても貴重なのさ。
だから男を獲得する競争は森の中と外の瀬戸際よりも、森の中のほうで熾烈に行われている――と考えれば大体想像できるだろ?」
なるほど、そう言うことか……何となくだが察しはついた、男を獲得するためならとチャンスを逃さずにいるのが彼女らの考え……
自然と男に優しく振舞うのが身についてしまっているということか、したたかだな。
「そうよ! ただそれだけ! ただのプリズム式の挨拶の”リップサービス”よ!」
通称リップサービス……ミュラ姉さんこと、ミュラナは焦り気味に訴えていた。
しかし、ムッツリウェイドは若干その気になっていた――やっぱりムッツリだな。