ということで、その日はそのままアーケディスで一晩明かすこととなった。
実はラーシュリナがこの遺跡で何度か寝泊まりしたことがあるらしく、いろんな意味でいい場所なんだそうだ――
レイとクラナにしてみれば七色の魔女のこともあってろくな思い出のない場所なのだが。
しかもその寝泊まりする場所が、あろうことか例の屋敷という――
「ここで休むのかい!?」
クラナはその屋敷を見て驚いた。
「ダメですか……?」
ラーシュリナはそう訊いた、いや――ダメとは言えなかった。
しかし悲しいかな、皮肉なことにベッドの寝心地は抜群だった。
「私たちはプリズム族、人前に不用意に出るのははばかられるような種族です。
私なんかは外に出ることを許された身ですのでその限りではないのですが、
それでもできる限り人前に出るのは避けたいものです。
だから――こういう場所があると、夜を凌ぐ場所としてはちょうどいいんですよね!」
なるほど、そういうことか、ゆえにプリズム族の番人たちが外に出る場合はこういう場所を有効活用しているのだという。
中でも――
「ここは古の王国貴族様のお家なんでしょうね、廃屋なのがウソみたいに快適な場所なんです!
入り口には”ティンダロス”という記載があるので恐らくティンダロスさんの邸宅だった場所と思いますが、
こんな素敵な場所を使わせていただけるのはありがたいんです!」
ということだそうだ。するとディアが反応した。
「なんだこの屋敷は!? どういうことだ!?」
どうしたの、レイは訊いた。
「この屋敷だけ、見た目とは裏腹に文明レベルが超高い気がする――」
どういうこと!? レイは訊いた。
「壁の中の電気の配線の数が異常に多いんだ。
それに設備……アンティークと呼ばれる電化もあれば超超超最先端の代物もある……
これとかヤバイぞ……」
と、ディアは何かを取り出してレイに手渡した。
「これ? なに?」
「こいつは携帯型シェルターと言ったところだろう、しかも使おうと思えば今でもまだ全然現役バリバリで使える代物だ。
こんなもの、今のアーケディスで作れる代物なんかじゃないし、
俺が訊いている世界崩壊直前の文明レベルでは確実にオーバースペックだ」
こいつが持っている聖獣としての記憶はあくまで技術に関するそればかりなんだそうだ、
だからこいつが技術面に関してすごいというのであれば絶対にすごいものなんだろう――レイは予感していた。
「おっ! こんなものまであるぜ! 見ろよ! これが噂のシステムキッチンというやつだ!
壊れちまっているからあれだけど、料理をする方々にとっては大変ありがたがられたものに違いない!」
ほほう、どんなうまいものが作られたのだろう――レイは想像を膨らませていた。
「クラナ! このベッド、リクライニング機能が付いているぞ!
動かそうと思えばまだ動くし! 寝心地も俺が保証するぞ!」
ほほう、時代の最先端を行くというベッド……クラナも嬉しそうだった。
すると――ディアは次の瞬間、がっくりと肩を落としていた。
「はあああああ!? んだよ、そういうことか――」
なんだなんだ、ウェイドはどうしたのかと屋上から項垂れて戻ってきたディアに訊いた。
「この屋敷、世界崩壊直前まで何度か”シルグランディア”が滞在していたみたいだ……。
これだよこれ――」
ディアは屋上で見つけたという剣を差し出した。
「この刀剣……なかなかの業物ですね、銘が施されているようです……
なるほど、”シルグランディア”ですか」
ウェイドはそう言うとディアは頷いた。
「しかも屋上はまるで工房<アトリエ>のようだった――
ティンダロスって人とシルグランディアが交流があったのは確実だね、
きっとシルグランディアのために屋上のテラスを使わせていたに違いないし、
この家のこの状態からするとシルグランディアが自由に家を改築していたのも間違いないね」
話に聴くシルグランディアさんはそんなにすごい人なのか、しかも今のシルグランディアさんは美人のお姉さん――
レイは再びワクワクしていた。
「あのー、シルグランディアって、もしかして”レミシアさん”のことですか?」
ラーシュリナはそう訊いた。それにはディアが反応した。
「そう! レミシアお姉様!
そっか、お姉様はプリズム族だもんな、結構リミュールには遊びに行くみたいだし、知っていて当然か」
ラーシュリナはニッコリとした。
「はい! レミシアさんにはいつも大変お世話になっているんですよ!」
ってか、レミシアお姉様はプリズム族って!? これは……レイは期待していた。
「美人のおねーさんに可愛がられてたクチっか」
クラナは呆れ気味にそう言うが、ディアの顔は引きつっていた……
「え……ま、まあ……それはそうだね、可愛がられてはいたねぇ……
むしろボコボコにされていたって言うべきか……」
ん……なんか雲行きが――
翌日、アーケディスを出てアルゴーナス大平原をさらに北東へと進み、
2週間程かけてようやく”ノース・エンド”と呼ばれる宿場町へとやってきた。
昔からそう呼ばれている場所らしいがなんだか妙に寒い……。
そして文明から切り離された感じの強い町だった。
そして、ここでは聖女様騒動やら魔女騒動やらの話は特になかった。
ノース・エンドというのは宿場町というよりもこの辺り一帯のことを指し示す地方の名前であり、実際には平原帯の北限を意味するのだそうだ。
というのも、ノース・エンドを経ると、今度は白銀の世界が……そう、雪の降りしきる雪原へと差し掛かるのである。
確かに寒い……だからなのか、少々値が張るが 、ウェイドに勧められたセミダブルベッドの部屋での寝心地はクラナの満足度を250%満たしていた、アーケディス時といいなんともツイている彼女である。
そして、次の目的地はこのまま雪原方面へと抜けるのではなく逆戻りである。
それもそのはず、ここから南東あたりに森の街道があり、その中を進むこととなるのだった。
実際、途中その場所に立ち寄ったレイたちだったが、日が落ち始めたためノース・エンドで夜を明かすのが先だと判断したのである。
ということで明朝、早々に森の街道へと突き進むことにしたレイたち。
「この先に”旧クレンディス教”の聖堂があるようです。
世界崩壊の煽りを受け、今では無人の土地になっているようです」
ウェイドはそう言った、昔からこの世界で宗教といえばヴァナスティア様一強だが、
以前にはクレンディスの教えというのもあったらしい。
しかし、そちらはどうやら世界崩壊と同時になくなってしまったようだ、なんとも寂しい話である。
「ノース・エンドを経ってからだいぶ経っている、休むのならそろそろ考えたほうがいいぞ」
マグアスは珍しく気を回してくれた、ティルフレイジア効果というやつだな。
ともかく、言うとおりだと思うので、
次の宿を探すことにしたレイたちだった。