クロノーラ・クロニクル

第2章 卯の刻の卯の地の抗争劇

第18節 奇抜で斬新な発想

 1日2個ずつ、船の動力になるらしい魔石に魔力を込め直し、エルトーナでは4日を費やすことになった。 魔石は全部で8個、それを4組2個ずつに分けると、その2個も1つずつ用途をわけることにしたのだ。 なお、その1組も片方はもともとの魔力を込めなおしたに過ぎないのだが、 もう片方はさらに強力な電気エネルギーを含ませていた。
「回路側のメンテナンスはばっさり切り捨てて、ちょっとばかりエコな配線にモデルチェンジすることにしたんだ。 ただ、モーターの数は変わってないから消費電力としては配線上の抵抗を低減させた分だけ減ったことにはなるのかな?」
 ちょっとだけ何を言っているのかさっぱりだけど、少しでもエコな配線になっていることだけはわかった。 このご時世、電気を生み出すエネルギーでさえ貴重だからそれは賞賛すべきところである。
「さらにエコな取り組みとして消費をさらに抑えるべく、魔石からもエネルギーをとるような回路にしたんだ。 ほら、この航路って距離があまり長くないだろ? だからこの程度の間に合わせで十分かなと思ってね」
 ここまでやっててあくまで間に合わせとか。
「そりゃあそうさ。なんたって今はシルグランディアがまた新しい船の設計をしているんだ。 今は試作段階に入っているから、実用化されるまで動かせればいいと思うね」
 なんと、新しい船があるとは――それはすごい。
「やっぱり、復興の足としては地上は自動車……それは流石に無理だとしても、 海は自動車以上に船の存在がどうしても不可欠なわけだから絶対に妥協できないんだよ」
 アトローナシアの人は一丸となって船の開発に全力で取り組んでいるようだ。

 話を戻して、ディアの手によって改造された4つラインにレイとクラナでメンテナンスした魔石をそれぞれ取り付けた。 ラインの数は半減したけれども、1つのラインにモーターが2つずつ取り付けられていて、2倍のパワーを生み出すことが可能らしい。
 これまでは1つのラインにつきモーター1つで十分だったようだが2人のメンテナンスによって魔石に込められるパワーが増大したため、 その力を生かすべくラインを半分にした際に取り外したモーターを転用したんだそうだ。
 なお、今回の問題である海水の腐食対策は旧式は天然素材を利用したもので、 薬草みたいなものをグツグツと数か月間煮込んだものを塗ってコーティングすることで実現していたことがわかったが、 ヴァナスティア船については流石はアトローナシアの職人に手によるものだけあってまだまだ現役で稼働し続けている。 だが――エルトーナの真似しただけのエンジニアの手では少々ハードルが高かったということが判明。 アトローナシアの誰の手による再現なのか分からないが、ディアでもその再現は困難だったようだ。
 しかし、ディアは旧式ではなく最新式の腐食対策手段を持っていた、 彼はカバンから見慣れぬ金属の筒状のようなものを取り出すと、先端部から霧状に噴射される物体を吹き付けていた。 そう、アークデイルではまず見られないスプレー缶による防水加工である。 流石はアトローナシア……文明の利器というのはこういうものを言うのか……。 だが、それも間に合わせ程度のもの、新しい船ができるまでの我慢か。
 ということで、このエコな機構がどのような結果を生み出すかというと――

 エルトーナに到着してから5日目、ようやくアルトーナ便が再開される運びとなった。
 船尾には最初にはなかった頑丈そうな板のようなものが取り付けられており、それも船を動かすのに必要なものだそうだ。
「ようし、出航だ!」
 ディアが操舵室で舵手に指示をしていた。
「いいな! 陸に近い時は、そのコントロールレバーを強にしたらダメだからな!」
 舵手は上ずった声で「はい」と答えた。明らかにひどく緊張しており、手に汗握っているようだった。
「んじゃあ、まずは弱にしてみようか」
 舵手は言われたとおりにした――船は前へと進み始めた……?
「まさかとは思ったけど、これは確かに奇抜なアイデアね―― 本当にこんなギミックで動かそうだなんてよっぽどの発想の持ち主でないと無理な仕掛けだわ」
 船尾にいたクラナ、ギミックについてはなんとなく予想していたようだ。 もともと魔石に込められていた力を考えるとある程度は予想がつく。 しかしこれは――

 魔石には水の力が込められていて、水魔法によって波を発生させる仕組みだった。 そう、つまり船は船尾側から波に押し出されるような形で推進力を生み出し、移動する方法をとっていた。
 しかも波の出し方はかなり絶妙で、このバランスを間違うと船はおそらく転覆してしまうことだろう。 当然この方法を見越しているために船の形状から考えているらしい。
 さらにこのたびは水の魔石に込められる力を増やし、それを発動させるための機構中にあるモーターも増えているため、 以前よりも大きな波を発生することも可能となっており、ジェットフォイルさながらの高速航行が実現可能となった。
 しかし、いたずらに大波を発生させると港のほうに迷惑も掛かるし、船が止まり切れずに陸地に激突しかねない状況も考えられる。 そのため、ディアは陸地付近では強にしたらダメだと口を酸っぱくして注意していたのだ。
 そうこうしているうちに対岸側が――いよいよ東の大陸である。
「あの、そろそろ中ぐらいにしておきましょうか、海面抵抗を考えてもそろそろ限界と思います」
 舵手はディアに進言していた。
「そうだな、ここまで来たらあとは任せてもよさそうだな。 くれぐれもだけど前よりもパワーが出るから以前の感覚で操作しないこと!  特に陸の近くに来たら――」
「コントロールレバーの強は厳禁です!」
「うんうん、それでよろし」
 舵手にはさらに念を押す形で注意を促していた。