クロノーラ・クロニクル

第2章 卯の刻の卯の地の抗争劇

第14節 魔物の潜む海

 だが――この日はどうもそうは問屋が卸さないらしい。
「見合わせ!?」
 クラナは驚いていた、アルトーナ行の船は運航見合わせと看板に堂々と書かれていた。 それで仕方がなく海底洞窟のルートから回り道を余儀なくされる冒険者もいたようだ。
「見合わせってことは、一応、船は出るつもりだったってことですね、何かあったのでしょうか?」
 と、ウェイド、もちろん見合わせってことはそれなりの理由があってのことのものだと思うのだが。 その理由をレイは定期船の管理事務所の人に聞いていた。
「その辺にも書いてあったと思うんだけど……人ごみにもみくちゃにされてどこかにいってしまったようだね――」
 ボードのようなものに紙切れが貼ってあったらしいけれども、 それははがされて人の波にさらわれると、無残にもその辺の地面でぐちゃぐちゃになり果てていた。

「どう? 船は出そう?」
 船の管理事務所から出てきたレイに対してクラナは訊いてきた。
「なんか、船大工さんを待っているんだって――」
「大工!? まさか、船が壊れているのですか?」
「分かんない。 ただ……今の船の状態をプロの目から見て出港して大丈夫なのかどうか見てほしいんだって」
 要は危険な海の上で何が起こるかわからない状態で安心して船なんて動かせないということらしい。
「それで? つまり、修理を頼んだ船大工ってのが来なければ、どうにもならないってこと?」
 そういうことらしい。つまり、いつになるかわからないってことに――

 完全に行き詰った、どうしよう。 船に乗って東の大陸へ行けると思って意気込んでいたレイのテンションも一気に冷めてしまった。 そのため、エルトーナの白い街並みも楽しむような気もなくなってしまっていた。 白いって言っても暗々とした空の下の町並みではあんまり白いとも思えない印象なので、既に感動もなにもなくなってはいるのだが。
 買い出しに行っていたクラナが波止場で黄昏ているレイのもとへとやってきた。
「まあまあまあ、そう焦らなくっても。まだ海底洞窟を通るルートがあるじゃないか」
 レイとしては東に行くということはもちろんだけど、船に乗れるという目的もひとつにあった。
「言われてみればね。 だけど――私としてはこんな得体のしれないような海に船なんてものを浮かべて別の大陸に行こうなんてことのほうがキチガイの所業って思っているんだけどさ」
 得体のしれないような海? 世界崩壊前はそんなことはなくって安全な海だっただろうか、レイはそう訊いた。
「私もこの海しか知らないけれど、先代のクロノーラは崩壊前当時の海を知っているようだね。 海には魔物が住んでいて、その表情を変えると誰でも海に飲み込まれてしまうんだってさ。 それだけ言われても今の今のこの海もそんなに変わらないと思うけれども、 でも、今の海に比べればまだまだ安全に行き来できて、安心して航海できたみたいよ?」
 レイやクラナにとっては想像もつかない世界観である。
「で、あれがその船ってやつかい?」
 船着き場には1そうの船が停泊していて、クラナはその船に目をやった。本来であればその船がアルトーナ行だったようだ。
「ん? あの船、どこかで見たことある気がするね――」
 えっ、そうなの? レイは訊いた。
「ふんふんふん……ははあ――なるほど、あの船、先代のクロノーラの記憶の中にあったよ。 あの船、どうやらアトローナシア製の船らしい」

 聖獣は聖獣の精神を継承するという話を先にしたが、その際に記憶のほうも一部継承されるらしい。 アトローナシア製の船についてクラナが記憶していたのは継承した記憶の中にあることらしい。
 アトローナシア製の船ということで、クラナは急に出発の準備をするようにと2人に促した。
「アトローナシアってあの技術の都のアトローナシアですか?」
「そうだよ。だけど、もちろんアトローナシアに行こうってわけじゃあない。 そもそもアトローナシアは東の大陸のほうにあるから行きようがないんだけどさ。 ただ、アトローナシアって線に思い当たる節があるから、とりあえず行こうっていうことだよ」
 ちなみにアトローナシアは東の大陸の北部にある島にあるらしい。 天然の要塞島のようなもので、世界崩壊前は、”悪夢の航路”と呼ばれた航路からしか出入りできず、 また、悪夢と呼ばれる通りそもそも船を走らせること自体が困難な難所だったらしい。
 しかし、世界崩壊後は西の大陸と東の大陸を結ぶ海底洞窟同様、 海の中の地形が隆起し、こちらも海底洞窟によって歩いていくことが可能な状態になっているらしい。 ただし、こちらの洞窟のコンディションは不明……一応難所としても知られる場所らしい。

 レイたちはエルトーナを西から出て……西に出る以外に方法はないのだが、そのままクロノリア方面へと戻っていった。 つまり、来た道を同じ時間をかけて戻ったのである。
 そして、さらに西へ行くこと3日間、そこからは街道から外れ、北のほうへと進んでいった。
「ここって、”シュリウス遺跡”があるところですよね? 本当にあっているのですか?」
 ウェイドはクラナに確かめた。
「間違いないよ、あいつは今はここにいるはずだ」
 それ自身はレイも聞いたことがあった。けど、そいつはこんなところで何をしているのだろうか?