そういえばプリズム族といえば――レイはラグナスが来たあの晩の話を思い出していた。
「クロノーラには必ずオンティーニの女性がなるようにっていうしきたりがあるのよ」
「それで今のクロノーラも女性がなっているし、その前も前の前もずーっと女性がクロノーラをやっているってことなのね。
でも――もし男の子しか生まれなかったらどうするの? 例えば私が――」
しかしクロノーラは首を振った。
「そんなことにはならないよ、
オンティーニ家で生まれる子は昔から女の子って決まっているからね。
これは最初にクロノーラとなった者の”元の精神”が女性のものだからで、
”世界の理”の都合でクロノーラとしての素質を持つ者は必ずその”元の精神”と同じ性別の者しか生まれないようになっているんだ」
えっ、そうなの!? レイは驚いた。
「これを発見したのは大昔のクロノーラで、これはどうやら世界に潜んでいる”バグ”みたいだね。
ただ、精霊界の重鎮たる精霊たちは”世界のバグ”という呼び方を嫌っているらしく、
発見した聖獣の名を取って”クロノーラの精神保存の法則”と呼んでいるらしい、
単に”クロノーラの理論”とも呼んでいるみたいね」
ゆえにクロノーラとなる可能性のある者は必ず女の子として生まれるんだそうな。
「だけど、物事には例外がある――この現象はあくまでバグだから何があるかはわからない。
最悪なのは、例えば身体が男なのに女の子の心のままっていうことも多分にあり得る。
単純な性別が心身で不一致な状態というだけでもその子は苦しむことになるだろうに、
それがクロノーラになるべき大いなる力を持つ人物が当事者だったら――
それで世界を滅ぼしたりしたら取り返しがつかない話でしょ?」
そこで大昔のクロノーラが考えたのが、
女性が非常に生まれやすいというプリズム族の遺伝子をオンティーニ家の者の遺伝子に組み込むことだったらしい。
「男に生まれる確率もなくなったわけじゃあないけれども、何もしないよりはマシってことなんでしょ、多分ね」
まさに災いを未然に防ぐための苦肉の策ということか……。
そして、この人が――ラーシュリナがそのプリズム族の本物なのか。
確かに――うん、超きれいな人――レイは彼女に見とれていた。
ウェイドが見惚れていたことをレイは見逃さなかったけれども、
こんなに綺麗な人なら無理もないだろうと思い、彼女はあえて突っ込まなかった。
いや、そればかりか――
「わーい♪ ラーシュリナおねーちゃん♪ 超キレイ♪」
レイは綺麗なラーシュリナおねーちゃんに思いっきり甘えた。
海岸の街道を抜け、休憩するために草原の上のちょうどいいスペースで止まり、
そこに女性らしく横座りしていてとても麗しく、
どこか寂しげなおねーちゃんに向かってレイは正面から彼女のバストめがけ、子供のように甘えだした。
「わー! きもちイイ~! 胸も大きくてすっごくフッカフカだー!
それにとってもいい匂い……」
レイはこれが美女の香りに包まれていた、まさにこれこそが誘惑魔法! すべて受け入れる! レイはそう思った。
「えっ、れ、レイさん!?」
ラーシュリナは驚いていた。
「こら! レイ! 彼女に迷惑でしょ! 本当にすいません、もう――」
クラナがレイを叱ると同時にラーシュリナに謝っていた。
しかしラーシュリナは――
「いえ、かまいませんよ。
なんだか嬉しそうですし、それになんというか……レイさんって可愛い妹みたいですね――」
と、彼女もまた嬉しそうな表情で言うと、レイはさらに喜んでいた、
妹――私がラーシュリナの妹……こいつはますますやばい。
「本当にすいませんね」
クラナはさらに謝るが、ラーシュリナはまったく気にしておらず、レイのことをやさしく抱え、頭を撫でていた。
「うふふっ、レイさんって甘えんぼさんなんですね――」
レイは完全に至高の喜びに満ち溢れていた。誘惑魔法恐るべし?
プリズム族は魔性の種族であり、誘惑魔法が得意。
くんくんくん……レイはずっと彼女の香りを感じていた、ラーシュリナからはいいニオイがする、それはまさに美女の香りである。
そして、レイはその美女の香りに抱かれて数分後――完全回復!
「あんた、よく寝てたね。それはプリズム族の癒し効果ってやつよ。
プリズム族に抱かれれば男だろうが女だろうが関係なしに元気になれるよ」
クラナは呆れながらそう言った、そうなのか。だからプリズム族は癒しの精霊様とも呼ばれるらしい。
その癒しの精霊というイメージから、
精霊族の一般的なイメージ=プリズム族という図式が成立しているのである。
だがしかし、プリズム族は一般的に認知されていない種族故に精霊族の一般的なイメージがプリズム族であることは知られていない。
そう、精霊族のイメージを向上させた存在なのである。
ラーシュリナの旅の目的はプリズム族としての修行の旅、
本来ならばお使いということで自分の里からあまり遠くまではいかないのが掟らしいが、
崩壊した世界なので人の気が少ないことを利用してあちこちにいって世界の動向を探るのが目的なんだそうだ。
世界がある程度復興して活気のある世界となれば人も多くなる……
そしたら彼女らのような存在が目立ちすぎるのは良くないので移動範囲も狭まるのだが、
まさに今の世界情勢だからこその彼女の旅である。
そういったこともあり、彼女とは同行する運びとなった。
彼女の出身はプリズム族の里であるリミュールと呼ばれるところで、東の大陸にあるらしい――
ん? そういえば長のナイザーが東に行けば麗しの美女たちがいるとか言っていたような?
なるほど……そういうことか! あのセクハラジジイが彼女に触れ合うことは断固拒否する! レイは燃え上がっていた。
残りの道のりについては特にこれと言った出来事はなく、平和そのものだった。
魔物は現れるがもはやここまでくれば慣れたもの、それにあのブレイズ・フールに比べたらなんてことはない相手ばかりである。