するとナイザーはレイの答えの違和感に気が付いたのか、ひどく慌てた様子でリビングまで戻ってきた。
「ちょっちょっちょっ! ちょっと待て! 今、行くと言ったのか? そうなのか? そう答えたのか!?」
彼女はただ一言、「そうです」とだけ言い返した。
「今一度聞くぞ、先代のクロノーラ様は外の世界が危険だから外界との関りを断つと決めたのだ!
あれから200年経ち、流石に当時の状況から変わりはしていようが、それでもまだ危ないことには変わりはないのだ!
それを承知の上で行くというのか! そうなのか! どうなのだ!」
だがそれでも彼女はまた「そうです」とだけ答えた、ナイザーは意表を突かれたようだった。
「レイ、今回の役目についてはお前には荷が重すぎるし、だからこそ手練れの者が行くのが適しているというのだ!
それに”フィールド”修理を行える者というのは基本的に長クラスの者とも言われている、
それがどういうことだかわかっているのか!?」
長クラスの者が”フィールド”修理ということはつまり、
”フィールド”修理を完遂させた暁にはその者が長になれるってこと――それはすぐにわかったレイはそう答えると……
「その通りじゃ! それが習わし! だが、お前ごときが長クラスの存在になるなどとは言語道断!
多くの手練れを差し置いて、お前だけというわけにはいかんだろう!」
とはいえ、それはクロノーラ様の決定――レイはていねいにそう言い返した。
「むむむ……クロノーラ様か――第一、なんでクロノーラ様がお前のことを選んだのだろうか――その理由が解せぬ――」
理由? 理由ってなんだろう? まさか、昨夜の話じゃあないよね?
昨夜の話についてはクロノーラからも口止めされているし、
レイ自身もとても面倒くさいことになるような内容なのであまり他言したくもなかった。
それなのに、クロノーラはどう説明したのだろうか?
「その理由が――お前は若くて可愛くて、それになんといっても面白いからだそうだ――」
ぅおぃクォルァ! クロノーラぁ! ”なんといっても面白い”ってなんじゃー! レイは心の中で叫び倒していた。
長の話はまだ続いた。
「やはり手練れのものが行くべきだ! 特に私が!」
お前手練れかよ……レイはそう言いかけてしまった。
ナイザーは確かに手練れで間違いないと思うのだが、彼はその中でも下の下のほう、
だからお前より優秀なやついるじゃんよ――それはこの都のものであれば割と多くの者が知るところである。
つまり、ナイザーは実力よりも世襲的な流れで長になっただけの人なのである。
一応、それでもナイザーはそれなりに実力はあると思うが、
今回の役目はナイザーじゃないほうがいいと思う!
そもそもナイザーはレイとは正反対になかなかの高齢だから、あまり勧めたくない!
レイはそのつもりで話をした。
「長はダメです! 長に苦労を掛けるわけにはいきませんから!」
しかし――
「苦労なんてものは自分で決めるものだ! 西に行けば開放的な世界で酒が飲める!
東に行けば麗しの美女たちに会える! それぞれの楽しみが私を待っているのだ!」
へぇ、なるほど――それが本音ということか。
それに対してレイはおもむろに小突いてしまった。が、本人はまったくそれを気にする様子がない。
そもそもこの長、もはや突っ込んでくれと言わんばかりの発言を平気で放ち本当に突っ込まれることもあるため、
そういうところでもこの長の人気の秘訣があるのだ、何ともクセのあるキャラをしていた。
「……まあ、そんなことはともかくだ、それらを考えることができるのは能力が伴ってからのたまものであり、
お前にとっては未知の世界でとにかく危険が満ち満ちているだけの荒野が待ち受けているに過ぎんのだ。
それでもなおお前は行くというのか!?」
とかなんとかうまい具合に話を持って行っているように思えるがレイは騙されなかった。
他人にはやたらと危険危険言うくせに自分はそれでもやたらと行きたがるって何やねん、レイはナイザーを白い目で見ていた。
「クロノーラ様は可愛いくて若い私だからこそちょうどいいと思ったのでしょう!」
「それに面白い――うーん――」
だから”面白い”は要らねっての! もとい、レイは態度を改めて話した。
「おそらくクロノーラ様としてはそれは必要枠だと思うのです。
むしろ若い――つまり、これからの未来を担う者だからこそ、
そういう者でも健全に町から出歩ける世界であることを示したかった、
そして、その中でもオンティーニの家の者である私を選んだのです! そうに違いありません!
だから、私はその役目をまっとうするため、行って参ります!」
……決まった――レイは得意げだった。
クロノーラの後押しもあるんだ、”面白い”ってのは解せないけど、まあそいつは目をつむっておこう――
レイはなおも得意げになっていた。
すると長は諦めつつ、そして納得し、少々嬉しそうに答えた。
「むう――そうまでいわれるのであれば仕方があるまいか。
そうだな、レイが選ばれたということは、レイが若い者の代表となり、
そして大人の仲間入りを果たしたという証だということになるな。
確かに胸もなかなか出ているし、こちらのほうはどうだろうか――」
と、長はあろうことか、おもむろに彼女のスカートの淵に手をかけた!
が、彼女は速攻で長の頬に裏拳を思いっきりぶちかました!
「ぐあっ! こっ、こらっ! こんな外の世界も歩くにも不安そうな老いぼれに向かって! 少しは手加減せんか!」
「黙れこのセクハラジジイ! 都合のいい時ばかり枯れ枝みたいな老いぼれ風を装うんじゃねぇ! しばくぞ!」
ふぅ、言いたいことは言ってやったし、これでスカっとしたな――レイはさらに得意げになっていた。
てか、手加減しろっていうのは……やっぱり突っ込まれること前提ということか。