翌日、彼女は朝起きると昨夜の話が信じられない状態だったらしく、未だに考えずにはいられなかった。
信じられないけれども鏡をのぞき込むと、歯を磨いている普段通りの自分の姿がそこに映っていた。
とはいえ、まだ動きが見えず、何をどうしていいのやらわからない。
だからとりあえず、日課となっている仕事を早いうちに終わらせてしまおうと、
まだ魔力が込められていない石ころを相手に魔力を集中していた。
これが”結界石”の原料で、仕事を終えるころには1つの”結界石”が完成する、と。
そう、”結界石”1個作るのに1日を費やす必要があるのだ。
半日はこれに魔力と精神力を込め、残りの半日は消耗した魔力と精神力を回復するために気分転換や精神供養が必要という、なかなかの重労働なのである。
力のある魔導士であれば1日で2つも3つも簡単に作れてしまうらしいが彼女の力はそこまでには至っておらず、1個作れればいいほうだ。
しかし、今日は1個も作れずじまいで終わることになったのだ、それは――
「レイ! レイはおるか!?」
レイというのは彼女の名である。
彼女は”結界石”に魔力を込めようと準備していたがその声の主に呼び出され、玄関までやってきた。
話が長くなりそうだというので彼女は家の中にその人物を招き入れ、リビングのソファへと促した。
客の名前はナイザー、このクロノリアの都で最も権威のある存在、クロノリアの長なのである。
「相も変わらずいい暮らしをしておるようじゃな」
いい暮らしというのは家が大きいという意味である。実のところ彼女は天涯孤独の身で、両親ともにすでに他界している。
が、レイの家系である”オンティーニ”の家はなかなかの実力者を輩出する家のようで、クロノリア民からも慕われている。
そして、その実力により家も名前も大きくなり、いい暮らしをしているのだ。
なんといってもリビングが開放的な空間であり、テーブルをソファがかこっている光景、
そしてその部屋の天井にはシーリングファンが常に回転していた。
だけど、それだけ大きな家に1人ぼっちというのは寂しいもので、
彼女にとって家が広いというのは逆に寂しさを助長させるもの以外に他ならない。
とはいえ友人もいるし、こうやって長も駆けつけてきてくれる――
寂しさを紛らわすことはそんなに難しいことでもなく、その点では不自由はしなかった。
そんなことより今日は朝からどうしたことなのだろうか? レイはお茶を入れ、長の前に差し出した。
長は一息つくと、話をしだした。
「いよいよお告げがくだったのじゃ」
お告げとは? どういうことだろうか、レイは詳しく話を聞くことにした。
「クロノーラ様が外界への関わりを一切断つと申したのは知っておろう?」
それは知っている、先代のクロノーラの話である。
今のクロノーラは20年ぐらい前に生まれ、そのぐらいのときに若くして聖獣となったと言われているけれども、
20年ぐらい前ということは世界崩壊後から180年ぐらいたった後に生まれた存在なのだ。
先代のクロノーラは世界崩壊前に生まれた存在で、世界崩壊時のこともよく知っているし、世界崩壊直後の世界というのも見ている。
だけど、その世界はもはや人が生きていくに相応しくないような暗黒の荒野が広がる世界であり、
なんというか、なかなか無慈悲な世界観で生きていくような危険な存在ばかりの世界だったそうだ。
そういうこともあって、クロノリアの民は次世代に文明を残すべしという名目でクロノーラより外界への関わりを断ち、
クロノリアを――いや、世界の文明を守るための一環としてクロノリア民を守ることを重要視したのだそうだ。
しかし、今宵はそれが破られることになったのだ。
「そう、クロノーラ様はおっしゃられたのだ、クロノリアという文明をこの世に放とうと。
そうは言ってもクロノリアは世界崩壊前からもずっと陸の孤島――
ほとんど外界へと関わらぬ生活をしてきた土地だったそうだが、
クロノーラ様についてはそのレベルで世に放とうという話をされたのだ。
だが、例えそのレベルで世に放つにしても、それでは民が動揺するのではないかと進言したところ、
それについてはすでに考えているともおっしゃられた」
その考えというのが伝説の”グレート・フィールド”の修復をするための手がかりを探すため、
特定の民だけを外界との行き来を許可する、ということだそうだ。
確かに”グレート・フィールド”を直すぞってことになると、
その大義名分により都も後押しする形となることだろう、動揺も何もないのである。
しかし、ナイザーはその際に聞いたクロノーラの決定について納得がいっていないところがあった、それは――
「クロノーラ様がおっしゃるには――その手がかりを探すための旅をする者に、何故かレイを指名なされたのだ。
確かに”オンティーニ家の者”ということならと言われれば納得はいくのだが、
しかし、”グレート・フィールド”を直すという大役を背負いつつ、かつ、ほかにこの街には手練れがいるというのに、
そんな中であえてレイがというのはどうも納得いかん――」
確かに、私じゃあちょっと若すぎるし経験不足かもしれない――レイはそう思った。長の話はさらに続いた。
「だから、まあ――その、なんだ……この際、嫌なら嫌と言っても構わんぞ、さすれば私から――
恐れ多くもクロノーラ様の決定を覆すことになってしまうのだが、そう言って諦めてもらうことにしようぞ――」
適役だったらほかにも大勢いるのに、そこへもってきてあえてレイってどういうことなんだろうか、
そう思われるのも仕方がないことだと思う。
だけど、レイとしては昨夜の話もあるし――みんなには内緒で通すつもりだがその一件のこともあるし、
だからこそ、彼女はすでにその問いについては既に覚悟を決めていた。
「わかりました。では、私が行ってきます! 私が”フィールド”の修理のため、手掛かりを探しに行って参ります!」
彼女は前向きに答えたのだ。すると長は――
「よくぞ言った、レイよ。そうじゃな、まあ――なんとかクロノーラ様を説得してみるわい――」
と言ってナイザーは立ち上がり、そのまま帰ろうと玄関のほうまで歩いていった。