アーカネリアス・ストーリー

第6章 伝説との邂逅

第167節 世界の転生のシステム

 この世界の仕組みを語る上で欠かせないのが、スクライトも言っていたフォース・ゾーンというものである。 力の大きいモノがその場にあると、その周辺にも力が集まってくるというモノである。 それは生物だろうと無生物だろうと同じことが言える。
 人間の場合はもはや御覧の通りという感じだが、力ある者が力ある者たちを集め、そしてアーカネルという国を興した。 しかし、それだけでなく、その力ある者のほうへと人々がどんどん集まって行く――まさにわかりやすい構図と言えよう。
 そして無生物の場合……魔法という力があり、その力のほうへと魔物たちが引き寄せられたりもする…… スクライトの言う”大きな力”がこの世界に氾濫していき、やがてはウロボロスやベヒーモスなどのような恐るべき獣を呼び覚ます―― そんなことが起こるのである。
 ただし、フォース・ゾーンというのは世界的に安定していればそんなに大きな問題は怒らない、何故なら――
「俺らはウロボロスやベヒーモスを苦労して斃した、何故か?  そもそも俺らは連中よりもフォース・ゾーンのレベルが低い空間で生活しているが故だ。 とはいえ、それでも連中はそこまで極端にフォース・ゾーンのレベルが高い連中でもない、だからなんとか相手にすることができたというわけだ」
 ロイドはそう説明した、何が言いたいかというと非常に簡単な話で、 フォース・ゾーンのレベルが同じ空間に住まう者同士なら力量差は純粋に経験や技量のみということになる。
 だが、フォース・ゾーンのレベルが違う空間の者同士なら話が変わってくる。 簡単なたとえで言うと――低地でトレーニングしたアスリートと高地でトレーニングしたアスリート、 どちらのほうが強いのかという結果に高地でトレーニングしたアスリートに軍配が上がるという話がある。 フォース・ゾーンのレベルというのはまさにこれと同じ理屈であり、 言ってしまえばフォース・ゾーンのレベルが高い=力があふれているような濃密な環境ほど強い生物が生まれ出るという理屈になるのであり、 反対にフォース・ゾーンのレベルが低い=力が乏しい空間のようなシンプルな環境ほどそこまで強い生物が生まれないというわけである。 強い生物ということは当然寿命の長さにも直結してくるということでもある。
「話は変わっちゃったけど、あいつが言ってたフォース・ゾーンの話って言うのはこういうことなのよ。 ただ、普通は1つの世界につきフォース・ゾーンのレベルは1つの世界の中でほぼ一定になるわけだから、そこはきちんと踏まえておいてね。 もし、このフォース・ゾーンのバランスが崩れたら――」
 ネシェラがそう言うと、ライアは頷いた。
「だいたい見えたわ、バランスが崩れたらフォース・ゾーンのレベルの高いところから力があふれ出て、 フォース・ゾーンのレベルの低いところに一気に力が流出するのね」
 これは純粋に理科学の圧力の話と同じ話になる。 簡単な話で言えば漬物なんかがそうだろうか、野菜を塩漬けにするとき、野菜を塩水に漬けておけば完成するだろう。 これは浸透圧の原理を利用したもので、野菜もほぼ水分なので塩分濃度が野菜の水分と塩水の水分と同じになろうという働きによるものである。 これもフォース・ゾーンでも同じことが言え、世界間一定のフォース・ゾーンになろうとして、 フォース・ゾーンのレベルの高いところからフォース・ゾーンのレベルの低いところに一気に力が流出するという現象が起こるのである。 つまり、そんな流出が起きようものなら――
「……世界がぶっ壊れてしまうってわけか――」
 リアントスは唖然としていた、まさにそういうことが起きるのである。
「現世ではまさにそれに近しいような事態が起きている、それを食い止めるためにも”邪悪なる者”を倒さねばならん」
 と、ヴァルハムスは話を一旦締めた、力を生み出す母体ともいえる”邪悪なる者”――なんとか食い止めなければ。

 話を戻して。
「高位の精霊が人間界に飛び出したりなんかして、目立たないものなのか?  何となくだが、いるようには思えないんだが――」
 リアントスのこの問いについて答えることにしよう。
「高位の精霊ってことは、それだけ力の強い存在ってこと、 そもそも精霊界のフォース・ゾーンはアーカネルのこの世よりも高めになっているのよ。 つまりはフォース・ゾーンのレベルの高い空間の生物だから、そんなんがこの世に降り立ったらえらいことになるわね。」
 ネシェラはそう言うとヴァルハムスが続けた。
「そこで行われる行為が”転生”と呼ばれる行為だ」
 ”転生”というのは……あの転生?
「そう……生物はいつか死に、そして輪廻転生のごとく新たな命としてよみがえってくる……この世界の理の一つでもあるな」
「高位の精霊も死ぬのか?」
 リアントスは訊いた。
「もちろん、いつから滅びの時が来る、そしたらまた新たな命が生まれてくるだろう。 だが――高位の精霊が人間界に降り立つために行われる転生は”疑似転生”と呼ばれ、 自らの身体は精霊界で休眠させると同時に魂だけは別の身体に宿り、その身体で活動することが可能となるのだ」
 ヴァルハムスはそう言うとロイドが訊いた。
「でも……魂の器ってのがあるだろ?  魂のサイズが大きい……つまり、それを入れるための受け皿も大きくないといけねえんじゃねえのか?」
 ヴァルハムスは説明した。
「魂が大きいのなら分けてしまえばいいのだ。 必ずしもそのままのサイズでなければいけないということはない。 つまり、分けたうえで新たな魂の器……つまり、新しい身体に入れられるのであればそれで丸く収まる話なのだ」
 ヴァルハムスはさらに説明した。
「今の話を説明するとだな、魂のサイズというのはそのままその生物の精神の大きさに直結する話なのだ、 だから魂のサイズが大きいということはそれだけに備えている精神の大きさも大きくなり、 つまりは結局力が大きいことと同じことが言え、フォース・ゾーンにも影響を及ぼしてしまう。 故にこの世に住まう生物は魂のサイズがそこまで大きくならないように魂の器のサイズにも制限をかけてあるのだ」
 だが、高位の精霊たちは違う――世界を管理するため、大いなる力を振るうために精神力が必要で、 となると魂の器のサイズも大きなものが必要であり、そして魂のサイズもそれに見合った大きなサイズとなるのである。
「つまり、それを小分けにするってことだな?」
 ロイドが訊くとヴァルハムスは頷いた。
「そう……必要な分だけ容れればいいのだ。 残りは精霊界に身体と共に眠っていればよろしかろう」
 でも……ネシェラは訊いた。
「そんな切ったり分けたり――魂ってそんなことできるもんなの?」
 ヴァルハムスは答えた。
「理論上は可能だ。 それこそ、慣れていれば容易にできることだ――フローナルのようにな」
 なるほど――ライアは考えた。
「フローナル以外はそれができないか、面倒くさくてやりたくないかやりようがないからこっちの世界の住人頼りってところがあるわけね――」
 ヴァルハムスは頷いた。
「そのとおりだ。それに、そういう”重鎮共”はそもそも力のうまい使い方を知らん―― 使うことだけは知っているが、その力は常にバカ力……加減というものを知らんのだ。 精霊界で安定している限りはその心配もないが、こっちの世界に出てそれを行おうとすると多大な苦労を伴う…… こっちの世界の住人頼りにしかならない意図としてはそういうこともあるな」
 ただし、フローナルは例外で、
「そいつだけは魂を容易に分けるような行為をやっているぐらいだから力をコントロールする術を知っているってことだな」
 リアントスはそう言った。
「つまり、一般人同等――やれやれ、案外この状況下を何とかするためになんとかなりそうと思ったんだけど――」
「ま、必要とあらば地道に探すしかねえか。どんなやつなのかも知らないのか?」
 ライアとリアントスが悩んでいるとロイドも悩んでいた。
「うーん……それこそ、フラノエルは”メシア”とも密接な関係だったらしい。 だからその子孫の疑似転生体は”メシア”ゆかりの地”メシアラ”で生を受けている可能性があるぞ」
 どこだそこ? するとネシェラが言った。
「今でいうところのラミュール……つまり、プリズム族の里のあたりかしら? そう聞いたことがあるわね。 だからもし、”彼女”が生まれ出たとしたらプリズム族って可能性があるわね。」
 えっ……ロイドは耳を疑った。
「はぁ? ”彼女”って、まさか女ってことか!? つまり、あのフローナルが女に転身するのか!?  確かにフラノエルは女の精霊だったらしいが……。 だいたいフローナルって確かものすごい剛腕の精霊で、”力の精霊ガドーナス”を力でねじ伏せたって逸話があるんだが!?」
 えっ……そうなの……力の精霊を――何人かは耳を疑っているが、ネシェラは……
「えっ? 別に女に転身するわけじゃないでしょ?  ってか、そもそもフローナルって”フェリンダ=フローナル”って女の人じゃん?  個人的なイメージとしては……ちょうどシルルお姉様みたいな人よね!」
 ちょっと待て、つまりそれってまさか――