アムレイナは自分の娘たちに話をしていた。
「プリズム族の女性は妖かしの血を以て異性を惑わす血を持つ存在、
だけど、それは鍛錬することで自在に操ることさえも可能になるの」
「それでお母様がアーカネルに住んでいるのはわかったんだけど、
私たちの場合は? 私たちにも同じ血が流れているんでしょ?
プリズム族の女性は相手がどうであれ、妖かしの血が濃いって聞いたんだけど、
私たちはそれで大丈夫なのかしら?」
ライアは訊くとアムレイナは頷いた。
「もちろんです。
あなたたちには修行というものは特にさせていませんが、
生活の中で常に習慣として身につけさせています。
里ではもっといろいろと厳しい鍛錬を行う者もいますが、
あなたたちにはそもそもそういう血を持っているということを教えて育てていませんので、
知らない以上はそこまで強い香を放つこともかないませんよ」
なお、シュシュラはライアやアルクレアと同じように習慣的に身に着けている者、
セレイナは例によるので言うに及ばずだが、
ネシェラの場合はそもそも純潔でなければ異性に興味なし女ゆえに妖かしの血による香については特に問題がないのだという。
あ、私が選んだ道はそれじゃないの件、この人のことか。でも知ってた。
とにかく、すべては計算のうちか――2人の娘は納得していた。
「私たちの香についてはすべて把握している、と……
計算高くないと”プリズム・ロード”というのには慣れないってわけね――」
ライアはそう考えた。
「確かに”伝説のプリズム・ロード”……ネシェラちゃんみたいなのがまさしくそれってわけなのね……」
アルクレアも改めて納得していた。
「ネシェラ――やはりあの娘は特別なのですね」
セディルも何やら考えていた。
パタンタ跡地――彼女らはそこへと到着した。
新たな町を興さんと賑わっている様子だが、それでも騎士たちによる魔物からのディフェンスは欠かさず、
少々物々しい装いだった。
そんな中、一匹の大きな身体のウサギが歩いていた。
「ねえ、あれ!」
ライアが言うとセレイナとレオーナが反応した。
「ディアさんです!」
「本当に、その辺ほっつき歩いている旅ウサギなのね――聖獣って一体……」
すると、彼女らの存在をみつけたディアが向かってきた。
ウサギと言えば両後ろ足でジャンプして両前足で着地しつつ両後ろ足を前に持ってきてしっかりと大地を踏みしめる――
ということを繰り返して前に進む生き物なのだが、こいつはそんなウサギの姿とは打って変わって人間の二足歩行である、
実際の正体が人間である証拠ということらしい。
無論、走るときはその通りのウサギ走りをするのだが。
「おや、なんだか珍しいお姉様方がいるじゃんか。
見慣れない顔もあるようだけど、どうしたんだい?」
ライアは事情を話した。
単にシャオリンに会いに行くためというのはもののついでみたいなところはあるが、
それを聞きに行くためというのはあくまで一つの目的である。
最大の目的は、ドミナントと言えばエルヴァランが亡くなった土地であること、
そんな場所で何人かの有名な存在が失踪したり亡くなったりしている――
そういった謎を模索してのことだった。
もちろん、そういうことがあるからにはきちんと調査はされているハズなのだが、
そこでシャオリンという存在がキーになるのである、
彼女ならもしかしたら何かをつかんでいるかもしれない――
彼女に久しぶりに会いに行くということを契機に行動に出ることにしたのだった。
「なるほどね、そろそろ西の地が気になったから行ってみたい、と――」
ディアは考えた。
「そいつはいい。だったら俺も行くかな」
えっ、急になんで……レオーナは訊くとディアは答えた。
「ドミナントと言えば聖獣サーディアス、
今ならヴァリエスも一緒にいるハズだから話をしてみようかと思ってな」
なるほど、聖獣の線か――何か都合の良い話が聞ければいいんだけど。
そう、聖獣はあくまで土地の守り神、世情に関する話は一切期待できないのだが――
それでも何も聞かないよりはマシか、ライアは考えた。
「それもそうですが、もう一つ目的がありますよね――」
と、今度は彼の背後からランブルが現れてそう訊いてきた。
「へっ!? らっ、ランブル!? なっ、何を言っているんだい?
俺の目的はそれぐらいだよ? しいて言うなれば、後は職人道を極めるための修行と探求の――」
ランブルは呆れつつ、ディアの話を遮って話を始めた。
「みなさん、気を付けたほうがいいですよ。
このウサギ、相手が女性とくれば尻尾を滅茶苦茶振り回すほどの色ボケウサギですから――」
あっ、そう言えば――ライアとレオーナは思い出した。
「いやぁー♪ 言われちゃったよぉー♪ もぉー♪ だってだってだってぇー♪
こーんなきれいな”おねい様”方と一緒なら、旅にも華が咲くってもんだしさぁー♪
あぁっ……滅茶苦茶いい匂いがするんだろうなぁ……」
と、色ボケウサギは急にデレた様子で楽しそうに話を始めた。
ランブルの言うように無茶苦茶尻尾をぶん回している様子だった。
「……そんなわけですので連れて行かないことをオススメしますね――」
ランブルは呆れながらそう言った。するとそこへ――
「あら、そういうことでしたら問題ありませんよ。
それならそれで手綱をしっかりと握りしめておけばいいだけのこと、
これからの旅路にあたって貴重な戦力を確保できるのでしたら好都合ですね――」
と、アムレイナはにっこりとしながら言った。
「えぇっ!? 正気ですか!? それに手綱って一体――」
ランブルは驚きながら訊くとアムレイナはディアの目の前まで来て――
「ええ、それを今からご覧に入れましょう。
私たちが自らを戒めている理由――それは、こういうことです――」
なんと、アムレイナの身体を取り巻いている香がディアの身体を取り込む!
「うあっ!? ふあっ――ふああああ!」
ディアが叫んでいる様子をランブルは絶句していた。
「まっ、まさか手綱というのは――」
するとその後、ディアは急にアムレイナを前に数歩下がると、そのままこうべを垂れていた。
「美しき麗しきアムレイナ様――このディラウスめをいくらでもこき使いくださいませ――」
急にマジメな面持ちでそんな風に言い始めた色ボケウサギ――
「お母様、もしかして今の――!」
ライアは驚きながら訊くとアムレイナはにっこりとして答えた。
「ええ、これが私たちの妖かしの血に伝わる禁忌なる秘術、
”レガシー・テンプテーション(原始的誘惑魔法)”というものよ」