アーカネリアス・ストーリー

第4章 争乱の世

第106節 用意周到のクリエイター魂

 次の日、執行官長室にて。
「被害の具合についてはとりあえず、死亡者が出ているって報告は受けていないわ。 重軽傷者はいるって訊いたけど命に別状はないみたい。」
 ネシェラは報告をしていた。
「ふむ……命のやり取りについては最優先でことにあたっているというわけか、なんとも関心するな――」
 ノードラスはそう言うとネシェラは得意げに偉そうな態度で答えた。
「ったりまえでしょ、大事なのは命。 場合によっては優先順位をつけざるを得ないけど、そんな必要がなければすべての命は守られなければいけないに決まってるでしょ。 そんなことより、次は交易の状況について話をするわよ。」
 そう言われてノードラスは驚いていた。
「なっ!? もう再開しているとでもいうのか!? いくら何でも早すぎるのでは!?」
 ネシェラは再び得意げな態度で答えた。
「あのさ、うちらももちろんだけど、それ以上に早めに動かさないとおまんまの食い上げになっちゃう人が大勢いるのよ。 それに交易の復帰方法についても既に考えていて、うまい具合にバックアップが働いたみたいね。 ついでにその流れに乗じて壊滅したパタンタの復興やアルクラドの各宿場町の復興も着々と進められているわね。 今はそれに対してハンターや騎士団、もちろんフォーンやヴァナスティアにも協力してもらって街道の守りを強化している状況よ。」
 ハンターにまで? ノードラスは悩んでいた。
「それはなんとも素晴らしい体制だが――しかし、そのような守りを行うのはいいが、経費をどう賄うのかね?  無論、よその国に助力を願うのも同じこと、彼らはそれでよしとしているのかね?」
 それに対してネシェラは得意げに答えた。
「ええ、もちろんよ。 まず第一に、金融政策を実施した際に住民税を引き上げたでしょ?」
 2年前の金融政策の折に住民税を従来の26%から30%に引き上げたばかりだった。 無論、魔物の激化による理由ということで、国民からは支持を得られている。 それに、ネシェラによって電気などをはじめとする文明の利器というものが充実していることもあり、 要するにアメとムチの政策みたいなものである。 人々の生活に役立っているのなら税金を上げたってもんくを言わないという典型的な例である。 無論、そうでなければ――
「確かに、それはそうだがそれだけで賄えるとは……」
「ええ、だから第一、第一があるということは第二第三があるってわけよ。 ということで第二に、新しい証券システムを導入したのよ。」
 証券システム……ノードラスは頭が痛くなってきた。
「今後の成長予想として確実に投機の対象となるのは魔物討伐ビジネスよね。 だからそこをゴールに逆算すればやるべきことは自ずと見えてくるってわけよ。 魔物討伐をビジネスモデル化すればなんといっても真っ先にハンターズ・ギルドが飛びついてくるわけだし、 そうすると連中に手伝ってもらえることは確実ね。」
 魔物討伐のビジネスモデル化? ネシェラは話を続けた。
「そもそも、魔物を相手にする以上は何かしらのリスクは避けられないでしょ?  このビジネスモデルでは、それを最小限に食い止めるための方法が主軸にあるのよ。 このご時世だからね、被害があるのは確実だからこそ、それを最小限に食い止めるために備えるため、 資金とかを集めてなんやかんやしましょうっていうのがコンセプトなわけよ。」
 しかし、だからと言って主役はハンターでも騎士団でもない。 この女のヤバイところはこういうところである。
「魔物討伐のビジネスを株式化したわけよ。 株ってことは会社があってこそなんだけど、アーカネルとリオルダートにその会社の支社をそれぞれ置いてあるのよ。 もちろん、魔物討伐ビジネスは投機の対象だからじゃんじゃん買ってくれる人は増えていくわね。 それこそ、この先不安だから余計なところに金をつぎ込むぐらいならと買ってくれる人も大体いるわね。 そして、魔物討伐ビジネスのほうで今や投資家や貴族の間でも激しい競争も起こっている―― 見栄を張りたい貴族たちの投資に対してそのほかの投資家がのってくる形ね。 もちろん、魔物討伐というもの自体が世界平和を目的とするもの――そこに関心がある人は世の中にたくさんいるというわけよ。 当たり前だけど、そのビジネスによって恩恵を受けたい側である私らにしてみればなんとも願ってもないその状況…… 民衆から住民税として強制的にまとまった額を徴収しなくたってこちらとしては経済を直接操作することで資金を得られるわけだから、 それで充分な収入が得られるハズなのよ。 無論、我々はそのビジネスの大株主でもあるわけだから、なんとでもできるわね。」
 マジでヤバイ……すべてを見据えての政策……確かに、ディライドが国を改造していると言っていただけのことはあった。
「ネシェラ様! 今回の戦いの被害額の試算と、今後の街道警備の試算が出ました!」
 事務方の者がやってきてネシェラにそう伝えたが、もう一人貴族のような身なりの男が心配そうに言った。
「ネシェラ様……今回使用した物資についての試算も出ていますぞ。 被害額も含めると、これでは大赤字は免れられないのでは――」
 それに対してノードラスは焦っていた。
「なっ!? そっ、それはいくらかかっているのだ!?」
 ネシェラは何食わぬ顔で言った。
「はいはいはい、わかってるわよ、足りないのだけで言えば143億ローダでしょ、もちろん、今のアーカネルの財政で賄った分含めての額でね――」
 なんとも穏やかではない額である。ちなみに、今のアーカネルでは1億返すのに半年はかかる計算である。
「ということで、話は聞いたでしょ。」
 と、ネシェラは別の書記の人にそう言うと、その人は訊いた。
「はい、143億ですね。売るのですか?」
 ネシェラは悩んでいた。
「そうね、まずは端数切りのため140億に……つまり、保有株3億分売却で。 まずは払いますって意思を見せないことには始まんないからね。 その前にまずは魔物討伐税率を75%に引き上げて頂戴。」
 税率を75%に!? ノードラスは驚いていた。
「普通の税率じゃなくて魔物討伐税率よ。魔物討伐税は通常53%とさせていただいているのよ。 その代わり、ハンターズ・ギルドにもうちの仕事を回せる分は回しているのよ、トレード・オフってやつね。」
 そっ、そう言うことなのか――ノードラスは震えていた。
「75%ですと、計算上は半年で140億を完済する計算ですが――」
 書記はそう言った、半年――早いな……。するとネシェラは――
「いえ、あまりに長いと反感買いやすいから期限は2か月先までの税率とするわ。 街道警備需要もあってこれから更なる高騰が予想できるから、当面はそれで。 それで足りない分はその時にまた考えましょ。」
 そして先見の明が過ぎる――ますますヤバイ女だった。

 無論、そうなると――
「それ、インサイダーじゃないの?」
 ディアはネシェラにそう言った、ネシェラはまさに魔物討伐をビジネスとしている企業の株を買っている最中だったところ、ディアに苦言を呈されていた。
「ギリギリインサイダーとは言えないわね。 そもそも魔物討伐ビジネスは投機の対象であることはみんなが知っていること、 それにアーカネルの今後の方針については既に告知しているから私だけが有利ということでもないし。 しかもアーカネルはそもそもこのタイミングで3億も売却している――それは限られた人しか知らないことだけど、 でもそれは常にアンテナ張っている投資家だったらアーカネルが株が売ったことはすぐに気が付くハズだし、 それによる株価下落を恐れて先に売りに出すのなら戦争が起こる前までには既に売っているハズだからね。 無論、私も半分までしっかりと売らせてもらったわ、本当は全部売るべきところなんだろうけどね。 アーカネルも売ってるけど、売った額までは流石にわからないから止む無しよね。」
 マジか……ディアは悩んでいた。
「まあ――魔物討伐関連の戦争って雰囲気でだいたい起こるかどうか伝わってくるから先んじて予測しやすいのがポイントか……」
「それにアーカネルの住民税を引き上げるけど、所得税は変わってないから相対的に証券からの徴収は安く感じるわけよ。 それに、今回の戦争のこともあって各企業は立て直しのために投資を迫られている。 だから今やまさにアーカネル系の企業の証券資産を持っているほうが何かと得ってことになるわけよ。」
 ディアは頷いた。
「まあ、それは――俺もこうしているわけだしな。 ところでなんで所得税を上げないんだ?」
「上げないというより上げられないのよ。貴族たちにいろいろと手を回したでしょ?  やっぱり見返りがあってこそってなると、所得税率を引き上げた場合に一番損をするのは彼ら、そんな彼らを味方にしようとしている以上はどうしてもね。 でも、実際私も所得税率を上げるつもりがないこと前提でいろいろとやっていたから別にどうってことないわね。」
 やるな――流石だ……ディアはあっけにとられていた。 そしてディアはそこにあった掲示板を眺めるとびっくりしていた。
「って! 高いな! 魔物討伐ビジネス! 一番高いところで1株だけで1か月食べていけるじゃないか!」
 ネシェラは頷いた。
「でも、残念ながら、そこはもう頭打ちって感じね。 一応ヒント出しちゃうけど、中ぐらいのところを狙ったほうがいいわよ。 高いところは今後の成長がたかが知れているし――持っている人はそのままでもいいけど、 低いところは今後の予測次第だから博打好きの人向けって感じね。 中ぐらいのところは伸び始めなのか減少傾向なのかわからないけど、 少なくとも減少幅よりも増加幅のほうが大きいのは確実だから1点買いよりも複数株を買うのを勧めるわね。」
 そう言われてディアは納得していた。
「なーるほど……そいつはなんとも頭を働かせる話だなぁ。 ネシェラのクリエイター能力はこういうところからも来ているってわけか――」
 恐るべし、クリエイター魂……。
「もちろんよ。 ちなみに魔物討伐ビジネスだけど、今の状況下だから成立するのであって以前の平和な状態ほど存続ができないものなのは確実ね。」
 ということは……以降はどうするんだ? ディアは訊いた。
「閉業するか、得られた資金を元手に別の事業を展開するか――その2択に迫られるわね。」
 そう――これこそがアーカネルにおける保険会社の始まりであった――。 そのため、後に別の事業を展開することになった企業はその仕組みを利用して保険会社に鞍替えしたとかなんとか。