アレスの家、騎士の訓練場所はネシェラの作業場として利用されているのだが、
そこにロイドとライアがやってきた。
「サイスさん? それから――」
それから一緒にいるのはディアである。ライアはそう言うとロイドが言った。
「その様子だと、また迂闊なことを言っちまったようだな――」
どういうこと? ライアは訊くとサイスは頷いた。
「ええ、はいまあ――いつもながら巡り合わせが悪いもんで……
とりあえず、今回もまた腹の虫がおさまるまでご奉仕させていただくことになりましょう……」
ライアは話を聞いて納得した。
「それでサイスさんまで漏れなく尻に敷かれているってわけ……ネシェラらしいといえばネシェラらしいところね――」
その一方で、ディアは作業にずっと集中しているようだ。
「なにやってるんだ?」
ロイドは言うとサイスは答えた。
「御覧の通り、私は薬を作っています。彼については何をしているかはわからないですが――」
ディアは答えた、これまでの色ボケクソウサギとは一線を画すような面持ちだった。
「ネシェラに倣って武器を改造しているんだよ。
技術者としての修行の旅をしていたんだけど、武器にスロットを設けてエンチャント素材による代物……
通称”ジェム”による付加効果を利用するなんて面白い試みだから、流石に見逃していくわけにはいかないよな。
しかも……この”ジェム”の内容次第では様々な未知の可能性が引き出されることは間違いないだろうね」
未知の可能性か……やっぱりアトローナの職人であり聖獣候補とも呼ばれるものがネシェラを推しているのにはそれだけの理由があったということか、
ロイドはそう考えた。
それにしても旅の目的――こいつも武者修行ってわけか、なんとも物好きな聖獣様候補である。
ロイドはディアにネシェラとの馴れ初めについて訊いた。
「最初にネシェラがアトローナにやってきた時はどんなだったんだ?」
「はっきり言うと、生意気だったね。
見た目はあんなんだから、ただの物好きかお客さんか、
もしくは彼女の目的からただのド素人の興味本位的なものだと思ったね。
それこそあのルックスだからね――性格はアレだけど、
まあ……生意気な女の子っていう程度で人気もあったし、俺なんかははっきり言って好みのタイプだね。
なんだけど――彼女はそんな印象とは打って変わってアトローナの職人を次々と唸らせるようなものすごいクリエイターだった。
俺もそれを知ってから、ずいぶんと生意気で可愛げがないなって思ったほどだよ……喧嘩も強いし。
そんなんだからすぐに今の聖獣ディヴァイアスの目にも止まってね、腕比べをしたんだ。
だけど――彼女の腕には聖獣の力をもってしてもかなうことはなかった。
それで確信したんだ、彼女こそが伝説の”シルグランディアの名を継ぐ者”なんだってね――」
”シルグランディアの名を継ぐ者”?
「古の時代、”シルグランディア”と呼ばれた奇跡のクリエイターがいたみたいなんだ。
しかも嘘か誠か、その人はとてつもない能力を以て当時の暗黒時代に巣食う邪悪なる者たちを蹴散らしたんだそうだ――」
その話に対してロイドは頷いた。
「邪悪が巣食う暗黒時代といったら、そいつは”ローア”と呼ばれた時代の話だな、この世界の起源となるまさに最初の時代。
ヴァナスティアの教えだと、まさに創造神にもたらされしこの世界誕生の奇跡の時代として”セント・ローア”とも呼ぶんだそうだ」
それに対してライアが訊いた。
「エターニスの精霊たちにとって、ヴァナスティアの教えってどういう感じなの? 正しいことを言っているのかしら?」
サイスは頷いた。
「実は、限りなく史実に忠実なんだそうです――
誰も当時のことを知らないので、実のところ何とも言えないのだそうですが、
エターニスで残っている話としては、ヴァナスティアの教えは多少は色を付けたりしている部分はあるにはあるようですが、
それはあくまでこの世界の民衆に伝えるため、そして神の御業をしらしめさせるため――
当時のローアの時代のさる精霊がそのことを伝えるために興したのがヴァナスティアの教えの始まり……
エターニスではそのように言われていますね」
ロイドは訊いた。
「それじゃあ、ヴァナスティアの教えってのは俺ら精霊族が始めたことだったってのか?」
そこへ厄介者のあいつがやってきた。
「そりゃそうだよ、ヴァナスティアを興した人物”ヴァディエス”が開祖と言ってもいい。
ヴァナスティアの教えではその名前さえも伝えられていない……
いや、ヴァディエス本人が名もなき者が開いた教えであると伝えてほしいと言っていたようだからね」
そいつに対してロイドとサイスが落胆し、あのディアさえも――
「げっ……どこかで聞いた声だと思ったら……変なやつがいるじゃんか――」
というと、その場にいたほか3人が驚いていた……聖獣候補にまでってどこまでだよこいつ。
「ふふっ、久しぶりだね、ディラウス君。
ともかく、それがヴァナスティアを興した時の話ってわけさ。
でも……となると、一つの可能性にぶち当たる……何だと思う?」
さらっと流したが、ディアとスクライトは知り合いだということらしい。
スクライトのことだからもう驚かない、それぐらいは朝飯前って感じである。
それはともかく、ロイドは言った。
「開祖の考えた教えをずっと貫いてこそ宗教ってな気もしないでもないが、
その線で考えると、むしろわざわざ教えを開きたいという感じではないみたいだな――」
スクライトは頷いた。
「鋭いね、まさにその通り。
そう……ヴァディエスは当時の問題を切り抜けるために教えを開いたに過ぎない。
いや……それは教えを開いたんじゃなくて、単に支持を集めたかっただけなんだ。
何のためか? それは当然当時の暗黒時代にはびこる邪悪を斃すためさ。
神の御業というものを民衆に知らしめさせ、そして神の奇跡というやつを信じさせるため――
ヴァディエス自らそれに近いことを行い、それが神の御業だとして人々を導くことに成功した。
それにより、神の御業という名のもとに集まった者たちは当時の邪悪を滅ぼすことに成功したんだ、
かの英雄と共にね――」
英雄って……誰だそれは?
「えっ? だって、今、シルグランディアの話をしていたんだろう?
その英雄は当時の邪悪たちを滅ぼすために何処からともなく現れた”世界を均す者”と呼ばれた英雄だよ。
その英雄はまぎれもない女の人で、現在のアトローナで文明を支えるためのノウハウを残すと最終的にエターニスに……
精霊界へと入ったんだ、”世界を均す者”として大いなる力を蓄えすぎたという理由でね。
そう……彼女もまた、世界を管理する側の存在として世界を裏から支える存在となったんだ。
それからはアトローナの地と精霊界を行ったり来たりしてアトローナに文明を築き上げつつ、
精霊界でも確固たる地位を残していくことになった。
そして、彼女はいつしかこう呼ばれるようになった……当時のエルフェドゥーナ古語で”シルグランディア”と。
ちなみに、今の世では”シルグランディア”のことを”万物の作り手”と呼ぶ。
ヴァルハムスがその名を継ぎし者を探しているというのはまさに今後に巻き起こるであろう世界崩壊に備えての行動と言ってもいいだろう」
ばっ……万物の作り手……偉いこっちゃ――。
「こら! あんたたち! 手が止まってる! ウスライト! 作業止めるぐらいならあんたも手伝いなさい!」
そのシルグランディアの名を継いでいるらしい女がそう言うと、そのままその場を去って行った。
ディアとサイスは慌てて作業を再開していた。
「……”シルグランディアの名を継ぐ者”っつってもな――」
ロイドは呆れ気味にそう言うとさらに話を続けた。
「言ったように、あいつのあの能力はどこから来たのかさっぱりわかんない能力だから、
俺には恐らく与えられなかった能力とみて間違いないだろう。
そのうえで話をするが、あいつはこれまでを見てわかる通り、
自分の恋愛に興味なし女って自称するほど相手を求めてないからな、
だからその”シルグランディアの名を継ぐ者”ってのは残念だがこの世代で途絶えてしまう可能性が高いぞ」
というとスクライトは得意げに話した。
「彼女の将来については見えないこと前提で話すけど、それでもネシェラと同じような性格の英雄でも相手ができている――
ネシェラはまさしく自分と同じような性格の女性たちが紡いできた命なんだ。
だからなんだかんだで彼女だってそのうち素敵な男性と巡り合う日が来るってもんさ」
ほっ、本当かよ……ロイドは悩んでいた。
「そうなったら俺……どう心配すればいいんだ――」
妹のことを思うべきか、それとも妹と一緒になるかもしれない気の毒な夫予備軍の男のほうの心配をすべきか……お察しします。