ティンダロス邸――ルイスはお城の書記の者と話をしていた。
「なるほど、お金はこうやっていつでも引き出せるというわけか、
金融機関というものにお金を預けておけばいろいろと楽だな。
ということは、オーレストにいる家内からでもお金が引き出せるということか?」
「はい、左様でございます。
それにはまずはネシェラ様がお作りになられたこの機械――その人の魔法の指紋とでも言いましょうか、
こちらに手をかざして登録いただき、ルイス様ご本人様と一緒に奥様からでも引き出せるように手続きしておく必要がありますね」
魔法の指紋――そういえば言っていたな、魔法が使えるかどうかは別にどの生物にも備わっているものだとか――ルイスは思い出していた。
つまり、それがお金を引き出す際のパスワードの役割をするのだということらしい。
「休暇届を出していた騎士や兵士が多かったが、そのためか――」
ルイスはそう言うと書記に話をした。
「よし、まずは”口座の開設”というものから頼む。そしたら今後は給与振り込みにする手続きをしたい」
つまり、ティンダロス邸は金融機関の支店として機能しているのである。
流星の騎士団の拠点みたいな場所なので安全性はもちろん利用者も多い。
だが、流石にATMという機械を設置するような世界背景ではなく、あくまで手続きはお城の事務方を介した人手の必要な作業となる。
但し、その分雇用も生まれ、利便性も上がっているので経済がますます回るようになること請け合いである。
ある日のこと――執行官たちは居室内で一堂に会して話をしていた。
「流石はネシェラ様、やりますなぁ……」
何人かの執行官は完全に彼女に胡麻をすっていた、
後ろ盾が強すぎるのでなるべくしてなっている状態である。
「これからどんどん事態が重くなることはわかっているからね。
そのために必要なことはまずは命を守ること、そして雇用を守ること。
特にうちの場合は命を守ったところで騎士としての需要を失ってしまえば一巻の終わりだからね。
だから万が一そんなことがあってもいいような経済モデルを確立しておく必要があるのは言うまでもないわね。
人を切り捨てるのは簡単かもしれないけど、切り捨てられた人はそれじゃあ納得しない。
つまり、そのためのケアが必要になってくるわけよ。」
「左様でございます! ネシェラ様の言うことは圧倒的に正しい!」
彼女がそんな話をしていると多くの執行官たちがスタンディングオーベーション……なのだが――
「うるさいわね! 拍手なんて要らんからさっさと行動に移すわよ。
ところで病院はできた?」
ということ……煽ててもなにも出てこない女。
ネシェラの問いに担当の執行官が言った。
「あっ、はい! ですが、一つだけ問題が――」
ネシェラは頷いた。
「人手がないってことでしょ、病院の大きさの割にね、それは織り込み済みよ。
確かに、診るからには専門知識もいるけど、それが必要でない場面には既に心当たりがあるから安心してよ。」
ますますヤバイ人に拍車がかかってくるな。
ネシェラは一生懸命に資料を読み込んでいた。
「経済はとりあえずこれでよし、医療福祉は――病院も確保できたし学校もとりあえず確保できたことだし。
あとやることは――」
そこへロイドがやってきた。
「お前、何でもやるよな」
するとネシェラはロイドに甘えてきた。
「あら♪ お兄様ー♪」
ロイドは呆れていた。
「お前に限って身体を壊すということを知らないからわざわざ言わねえけどな」
ネシェラは態度を改め、得意げに言った。
「ったり前でしょ、この私が仕事に命かけるわけないでしょ。
時間が来たらきっかりと引き上げさせてもらうからね。
そしたらあとは飯食ってク……するもんしたら風呂入って寝るだけ、お兄様と一緒よ。」
するとそこへ――
「はい、今月のお給金ですね――」
と、あの書記の方が2人に対してそう言ってお金を手渡していた。
「あれ? 振り込みにしたんだがここだけ従来の方法なのかよ? それに給料って妙に少なくないか?」
と、ロイドが言うとネシェラはにっこりとしながら答えた。
「給料日に金融機関に殺到するとみんな長蛇の列になっちゃうでしょ?
そうならないようにアーカネル騎士団では給料の15%を手取りで受け取るようにして、
いきなりお金を降ろしに行かなくてもいいシステムにしてあるのよ。
どうせ従来もこの方式でやっていたんだからそこまで負担がないかなと思ってさ、
15%だから必要な金額もそんなに多くないしね。
ちなみにこれに倣って他の商売している人も似たようなシステムを採用しているらしいわね。」
なんともちゃっかりしている妹である――ロイドは悩んでいた。
その夜、ネシェラの部屋にて、ライアはネシェラと話をしていた。
「それにしても、よくもまあいろんなことを考えるわねぇ……」
ライアは感心しているとネシェラは答えた。
「そうなのよね……、自分でもよくわからないんだけど、
私ってなんでこーんななんだろうっていつも思うのよね。
恐らくだけど、私のDNAにそれが深く刻まれてんじゃないかって思うのよ。」
「でぃ……えぬ……なんだって?」
「ああ、そっか、今の世じゃあ一般的な語じゃあないんだっけ。
つまり、古い時代の記憶から私という人間はこうだって決められているんじゃあないかって思うのよね。」
するとライアは楽しそうに言った。
「へえ! そんなふうに考えているなんて、ネシェラって案外ロマンティストなのね!」
ネシェラは得意げに答えた。
「ええ、そうよ。ロマンを追い求めなければいいものは作れない。
そのためには奇想天外な発想をする能力も必要なわけよ。
奇抜さも備えれば意外なアイデアも生まれてくる。
だからどんな努力も惜しまないし、ロマンティストにだってなって見せるわよ。」
なるほど……ライアは考えた、それがネシェラという人間なのか、と。