アーカネリアス・ストーリー

第3章 嵐の前の大荒れ模様

第70節 職人ネシェラ

「ネシェラ! ネシェラはいますか!?」
 ある平日の昼下がり、アムレイナはティンダロス邸にやってくると、そこにはセレイナがいた。
「あっ! ネシェラさん! お母様がお目見えですよ!」
 言われてネシェラは慌てて出てくると――何をしていたのだろうか、彼女はエプロンをしていた。 調理用にエプロンしているわけではなく、むしろ作業用の前掛けといった感じだ。 さらにその手には何やら手袋をしており、その手に持っているものは――宝石?
「あらっ、忙しかったでしょうか?」
 すると、ネシェラは嬉しそうにエプロンを脱ぎながら言った。
「もしかして剣?」
 それに対してアムレイナは嬉しそうに訊いた。
「はい! お願いできますか?」
「ええ、ちょうどよかったわね!  でも、ここには肝心の火がないから、これから工房に行く予定なのよ。 お母様もどうです?」
 アムレイナはにっこりとしていた。
「ええ! ぜひ! どんなことをするのか少し興味がありますので!」

 一行はアーカネルの大通りへと向かって他愛のない話をしながら進んでいると、そのうち大通りが見えてきた。 だが、ネシェラは大通りへと差し掛かる前にある建物へ入った。
「精が出るわね。」
 ネシェラは得意げにそう言うと、小太りの男性が振り向いて言った。 その男はどうやら鍛冶作業をしている最中だったようだ。
「おおう、あんたがネシェラってのか。 確かに話に訊いた通り、執行官様って言う割にはずいぶんと若ぇ姉ちゃんだな。 とにかく姉ちゃんの――いや、執行官様のご指定通り、新しい武器を打ってる最中でっさぁ。 ま、見ててくんなよ――」
 と言いつつ、小太りの男は作業を続けているが、ネシェラは――
「ふーん……もうちょっと、密度を上げられないの?  ほらここ――気泡が混じっているわよ、こんなんじゃあ強度が担保できないわよ。」
 そう言われて小太りの男は困惑していた。
「すっ、すげぇな、姉ちゃ……いや、執行官様! そんなことがわかるのかい!?」
 だが、ネシェラは呆れながらエプロンを取り出すと――
「姉ちゃんでいいわよ、本当に若いんだし、悪い気もしないしね。 いいから、私に寄越して御覧なさい――」
 と言いつつ、エプロンをしかり身に着け、さらに髪の毛を束ねてから手袋をはめると小太りの男が持っていたハンマーを取り上げて――
「はぁっ!」
 ハンマーの取っ手の端を持つと、そのまま遠心力を利用し、鋼に対して真っすぐハンマーを叩き落した!  さらに立て続けに鋼を打ち続けていると――
「ほら、こうしないと。」
 得意げにそう言う彼女の仕事ぶりに3人は感心していた。
「やるな、姉ちゃん!」
 すると、ネシェラはおもむろに鋼を水に浸すと、すぐさま研磨作業を始めていた。 だが、その研磨作業は――
「これはね、研磨機って言うのよ。 ここを踏むとこのやすりのロールが回転するから、鋼を押し当てることでいい感じに研磨できるのよ。 で、これでいい感じに削れたら――残りは心行くまで仕上げをしていけばいいワケよ。」
 研磨機――アーカネルにはなかった機械の導入である、 ネシェラは先んじて機械を作って設置していたようだ。 しかしネシェラは今度は心行くまで手で研磨作業を続けていた、機械でやった分だけでは納得しないといわんばかりである。
「すげぇな姉ちゃん! こんな機械まで作れんのか! まるで”アトローナ”の職人さんみてぇだな!」
 そう言われてネシェラは照れていた。
「アトローナの職人……なるほど、ネシェラはそれぐらいの技術がありそうですね――」
 アムレイナはそう言った。 アトローナとはアーカネルの北部の孤島にある町である。 技術者が多い町としても有名なのだが、問題は渡航手段――辿り着くまでが少々難儀な天然の要塞島なのである。
「こんな大きなもの、どうしたんです?」
 セレイナが訊くとネシェラは答えた。
「アルティニアから分解したものを運んできてもらったのよ。 去年の暮れには到着していて、先週に組み立てたばかりだったのよ。」
 そうだったのか――アムレイナは感心していた。するとそこへ――
「持ってきたぞ、鉄鉱石だ!」
 と、そこにはロイドをはじめ、流星の騎士団の一同がリヤカーを引いてやってきていた。
「ん? あれ? オッサンじゃねえか! 久しぶりだな!」
 ロイドがそう訊くと小太りの男が反応した。
「おう! 久しぶりじゃねえか! 確かロイドっつったっけな!  あん時はずいぶんと世話になったな!」
 えっ、知り合い? ネシェラは作業を止めてそう訊くとロイドは答えた。
「ああ、このオッサンはメタルマインの工房にいたオッサンだ。 でも、どうしてここに?」
 あれっ、そう言えばそんな人いたな。そうだ、この小太りの男――ザダンというオッサンだ。
「おう! 執行官様が腕の立つ職人を募集しているってもんだからすぐさま手を挙げてやったぜ。 ちょうどあっちでの需要が落ち着いて仕事も見る見るうちに減っちまったもんだからな、 思い切ってこっちに来ることにしたってわけだ」
 だが、それに対してネシェラは得意げな態度で言った。
「でも――思いのほか大した腕じゃあないみたいで困っていたところなのよ。 ただ――筋は良さそうだから認めてあげてもいいけど?」
 それに対してザダンは照れた様子で答えた。
「このクソ生意気な姉ちゃんには敵わねえなぁ……。 ま、美人だから仕方ねぇけどな! わはははは!」
 ロイドはため息をついた。
「お前……マジで容赦ないよな――」
「そりゃあそうよ、モノづくりは一日してならず!  今日は昨日よりももっといいモノを作ろう……日々その繰り返しでしょ?」
 それはわかる気がするが――ロイドは悩んでいた。
「なんでもいいが、相手の心を折り曲げるようなことだけはするんじゃねえぞ」
「そこは大丈夫よ、そんなことにはならないように一定の作り手を厳選した結果なんだからね。 ただ――それでこの腕ってのが少々心残りだけど?」
「まだ言うか……ったく、マジで容赦ないよなお前――」
 と、2人で言い合っているところ、その様子にザダンは――
「おいおいおい! なんだなんだ親しそうに!  ロイドお前、この美人の姉ちゃんと知り合いか!?」
 ロイドは態度を改めて言った。
「知り合いも何も――こいつは俺の妹だ」
 なっ、なんだって!? ザダンは驚いていた。
「どっ、どおりでクソ生意気な姉ちゃんと思ったら――」
 おい、あえて言うことはそれかよ――2人は声をそろえてそう言った……間違いない、兄妹だ。

 ということで、ネシェラ指導の下で新たな武器がアーカネル全土に販売される運びとなった。
「名付けてスチール・ソードというところにしておこうかしら、鉄ではなく鋼鉄の剣といったところね。 ここまで徹底的にたたけばちょっとやそっとじゃ壊れないでしょ。 数多の勇者たちが物語を紡ぐために冒険のお供として欠かせなかったっていう由緒正しき剣なんだから当然よね。」
 確かに。その際の大ボスはドラゴンか魔王か……もしくは青くて独特の雫型に近いようなフォルムの魔物といったところか。 ということで、スチール製の武具が各地で作られ販売されるようになったのである。
「そこのお兄さん、おひとついかが♪」
 ネシェラは調子よく言うとロイドは答えた。
「いい武器だ、それならもらおうか。できれば騎士団に卸しといてくれると助かるな」
 ネシェラは嬉しそうに答えた。
「毎度ありがとうございますー♪ 騎士様御用達いただきましたー♪」
 何してんのよこの兄妹――
「看板娘――できればそのままでいてくれ」
 リアントスが言うと他の男性陣は頷いていた。