アーカネリアス・ストーリー

第3章 嵐の前の大荒れ模様

第66節 眠れる伝説の存在

 年が明け、しばらくしたのちにヴィームラス家ではあの兄妹が出発の準備を始めていた。
「シュタル! ランバート! 支度は終わった!? 早くしないと遅れるわよー!」
 お母様は焦り気味に訊くとランバートが答えた。
「母さん! そう急かすなよ! いつまでも子供じゃないんだからさ!」
 すると母さんは――
「そりゃそうよ、いつまでも子供だと思っているわけないじゃない。 あんたもいい歳なんだし、そろそろお嫁さんを連れてきなさい!」
 うぐっ……ランバートは最も痛いところを突かれた。
「あははっ! 言われちゃったね、アニキ♪」
 シュタルは嬉しそうに言った。それに対して兄貴――
「くっそー、それだったらシュタルはどうなんだよ――」
「シュタルはいいの! 可愛いんだからすぐにでも素敵な旦那様を連れてくるに決まっているわよ!  だけど、そんな可愛い可愛い大事な大事なシュタルが欲しいっていう男がいたらぶん殴ってやる!」
 まさに大事な大事な宝といったところである。
「んじゃ、そろそろ行こっか!」
 シュタルはそう言うとランバートは答えた。
「そうだな! そろそろ行かねえと!」
 すると母親も安心したかのように言った。
「ま、何はともあれ、あんたたちがアーカネリアスの平和を守っている限りは安心なのは間違いないわね!」
 そして母は続けざまに笑顔で見送った。
「そう言えば、今年からランバートはシュタルたちと一緒に仕事するんでしょ?  ロイド君とネシェラちゃんのように兄妹仲良くね!」
 そして、ヴィームラス兄妹も旅立ち、その2人の背中を母は一人で見送っていた。

 シュタルとランバートの母は、見た目こそ何となく育ちの良さそうな装いの麗しのお母様という感じではあるのだが、 その中身は違い、まさに農村に住んでいるパワフルなお母様という感じだった。 自分の夫であるレギナスの死去の後も女手一つで2人を育て上げていた。 見目麗しき精霊族でパワーのある明るくて元気な女性……ネシェラに通づる要素があった。 だが、彼女は剣の腕などからっきしで、レギナスが用いている技を見よう見まねで使っているに過ぎない。
 時は少し遡り、出発の前日の昼――
「今日の夕飯はあんたたちのためにご馳走を作ることにしているからね!」
 母は意気込んでいた。ランバートは買い出しに出かけていて家にいないが、シュタルは母の手伝いをしており、隣で鍋の様子を見ていた。
「お母さん、ありがとう!」

 手伝いをしている際、シュタルはあることが気になった、それは以前にロイドから訊いた話だった。
「ねえねえお母さん、そういうえばこういう話を聞いたことがあるんだけど―― エドモントンに伝説のハンターが隠れ住んでいるって聞いたことがあるんだけど、知らない?」
 シュタルは思い切って聞いてみることにした。
「伝説のハンターが? うーん、さあ――聞いたことないなあ……、 イナカと言ってもいろんな人がいるからねぇ――」
 そうなのか――シュタルは悩んでいた。
「そうだよね、私も噂でしか聞いたことないから正直何とも言えないんだよね――」
 でも、シュタルは一番気になっていることを母に切り出した。
「でもさ、こんな話を聞いたことがあるんだよ、 伝説のハンターの中にナナル=エデュードっていうダーク・エルフがいるって話をね。 その人ってまさか、お母さんの事じゃないよね……?」
 そう言われてお母さん――ナナル=ヴィームラスはびっくりしたような様子で答えた。
「えっ、私? そんなまさか……お母さんなわけないでしょ?  だって、お母さんはお父さんと違って腕のほうはからっきしなの、知っているでしょ?」
 するとシュタルはにっこりとした顔で答えた。
「そうだったね! ごめんね、変なこと聞いて!」
「いいのよ別に。 でも、その人の名前、お母さんと同じ名前ね!  そんな人が伝説のハンターか――」
 ナナルは遠い目をして佇んでいた。

 宴の後、シュタルはお風呂に、ランバートはリビングで酔いつぶれ、毛布にくるまって眠っているところ、 母は棚からカギを2つ取り出すと、単身家の外に赴き、カギを使って蔵の中へと入って行った。
 蔵の奥にある棚の前に行くと、もうひとつのカギを使って棚を開けた。 その中には二振りの剣が――
「ふふっ、ナナル=エデュードですって……その名を聞くのもずいぶんと久しぶりね。 でもまさか、自分の娘からその名が出てくるとは思いもしなかったけど――」
 彼女はそう言いつつ、二振りの剣にそっと手を添えた。
「シルル……あなたはまだ真相を探っているのでしょう?  もしかしたら、私が再び剣を取る日も近いかもしれないわね――」
 そう、この母親――ナナル=ヴィームラス、旧姓ナナル=エデュードこそが伝説のハンターその人なのである。 だが、その事はほとんどの者が知らない、もちろん、自分の子供もしかりである。
 そして――ナナルは別の棚を開けると――
「そうね、これなら――今のあの子にも使いこなせるかもしれないわね――」
 と、別の二振りの剣を取り出した。

 母は家へと戻ると、シュタルはお風呂から上がってきていた。
「まったく、アニキったら……明日から仕事だっていうのにリビングで酔い潰れて寝ちゃってるよ――」
 シュタルは呆れていると母はにっこりとしながら言った。
「いいんじゃない? あんな風にしてられるのも今のうちでしょ?」
 シュタルはにっこりとしていた。
「それもそうだね! わかったかアニキ、今のうちなんだぞ♪」
 そんな様を見て母はニコニコとしていた。
「さあさ、そうと決まったら早く寝ましょ!」
「うん!」

 そして、2人は寝室に入った――
「お母さん、話って何?」
 すると、ナナルは二振りの剣を取り出して話をした。
「これ……お母さんが使っていた剣なんだけど――」
 えっ、お母さんが? シュタルは不思議そうに言った。
「お母さん、からっきしって言ってなかったっけ?」
 ナナルは頷いた。
「そう――だからほとんど使わないまま眠っていたのよ。 それでシュタルに使ってもらおうかなって思って――」
 シュタルはにっこりと受け取りつつ話した。
「わかった! それならお母さんの分も頑張ってくるね!」
 まさかシュタルは伝説のハンターの得物を受け取っているとは思いもしなかっただろう。
「そう――しっかりと、使ってね。 今のあなたにならきっとうまく使いこなせるハズだから――」