アシュバール邸はまさにザ・貴族の家、出された食事はむしろ質より量という感じだが、それでも結構な量だった。
みんなすっかりとお邪魔してしまっており、特にあのヴァーティクス兄妹は――
「2人とも、相変わらずよく食べるのね――」
この2人がよく食べるのはありふれた光景、
ライアはそう訊くとロイドとネシェラは得意げに答えた。
「まあな、腹が減っては戦はできねえって言うからな。
しばらく長期の休みだが――ここに身に宿している以上はいつ何時何が起きてもいいようにな――」
「そりゃそうよ、”どうぞ”って言われて出されたんだもの、
余すことなく頂かないと失礼だしねぇ――」
兄貴も妹も山のように食う……特にこの妹は兄貴に負けず劣らずとんでもない量を平らげる、どうなっているのだろうか――
長身だがあの華奢な身体のどこに入っているのだろう――謎が謎を呼ぶ――。
「そうよライア、男の子っていうのはたくさん食べるものなのよ。
それにネシェラちゃんまで! とってもおいしそうに食べるのね!
ライア、あなたもネシェラちゃん見習ってたくさん食べるようにしなさい。
騎士になったんだから身体作りも仕事のうちでしょ?」
と、お母様、そんなこと言われたって――ライアは悩んでいた、どう考えてもネシェラ食いすぎな件。
その後、ロイドとサイスは一緒にお風呂に入ると他愛のない会話を交わしながらその年の苦労をねぎらっていた。
一方で残りの女性陣も――ライアはネシェラのお腹を見てやっぱり何処に入っているのだろうと不思議に思っていた。
そして――彼らはそのままアシュバール邸で年を越すこととなったのである。
次の日、お母様とあの5人は行動を別々にして各々でフラッティル邸へと赴いていた。
ライアはお母様と、サイスとセレイナ、そしてヴァーティクス兄妹とで別々に行動していた。
「そういや例の話もフラッティル邸でしていたって言ってたか?」
ロイドはネシェラにそう訊いた、フラッティル邸とはセディルの家のことである。
「ええそう。だけど、また内緒の話って感じしない?
しかも――その話はまさかの同じ話かもしれないわよ。」
このあたりの偶然が重なるのもまさにネシェラならではと言ったところである。
「最初の雪女隠蔽の話もそこでやっていたってわけだな、奇しくも同じ場所で――。
でも、その当時はセディルには伝えられてなかった――」
「セディルは信用できる、間違いないわね。
だから今回も除け者にしないであげましょう。」
ネシェラのカンはよく当たるからな。
そして――6人は一堂に会し、あの部屋に集まった。
「セディル、今回もよろしくお願いします――」
お母様は部屋の扉を締めようとしながらそう言うと、セディルは部屋に入って言った。
「アムレイナ――アルクレアのことは私も聞いた。
だから今回は私も同席しよう――」
そう言われてアムレイナ――ライアのお母様は驚いていた。
「私が話してしまいました、ネシェラさんの迫力に押されてしまいましてね。
もちろん、それもここだけでの話です――不思議なもので、その話をしたのもこの部屋でのことでした――」
その時の一部始終をサイスは話していた。
「そうだったの、あなたが――
他の執行官たちがあなたのことを注目していたようですが、それだけのことはあるということですね――」
アムレイナはそう言うとネシェラは得意げに佇んでいた。アムレイナは話を続けた。
「わかりました、どうやらみなさんよく存じていらっしゃる様子ですので深くは語る必要はなさそうですね――」
というと、ライアはアムレイナの顔を見て頷いていた。アムレイナも頷くと、安心した様子で話し始めた。
「今後のみなさんに関わってくる話にもなると思いますので、この際ですから集まってもらうことにしました。
お話は聞いているかと思いますが、サイスの提案でアルクレアを私の故郷である”ラミュール”に隠すことを決めました。
すべての発端は風雲の騎士団の相次ぐ失踪事件――そして団員であるエルヴァランとレギナスの死――
彼らにはアルクレアがだいぶお世話になっておりましたが、まさかこのようなことになるなんて――」
するとネシェラが立ち上がって言った。
「で、お姉様はそのプリズム族の里”ラミュール”という場所にいる。
目星はついているけど、状況的にすぐさま会いに行くというのはよろしくないわね。
そう――この状況で誰が黒幕ともわからないのに不用意に会いに行くというリスクを冒すことはできないってことね。」
アムレイナは感心していた。
「強い子なのね、過去にアルクレアが面倒を見ていたっていうネシェラ……
反面、私と来たら――もはや胸が張り裂けそうな思いでした、
今すぐにでも会いたい――サイス……あの子に会う方法はありませんか……!?
――最初は毎日がその連続、今でもその思いは変わっておりません――まったく、ダメな母親ですね……」
一番心配していたのはやはり母親だったということか。だが――
「そうですね――ここはあなたに免じて、母であるこの私も待つことにしましょう――
それが最善の手段というのなら――」
すると、アムレイナは言った。
「気が変わりました。
待つのもいいですが、アーカネルに働いている大きな力――たまには自分から動くことも必要なのかもしれません。
後ほどディアスに会いに行きましょう、私からの預かりものを返してもらうように頼みます」
それに対してセディルが訊いた。
「まさか――いいのか……?」
「娘が2人共危険を冒してまで追っているというのに母親の私が1人安全なところにいつまでもいるわけにはいかないでしょう。
あの日、私は二度と剣を取らないと心に決めましたが、どうやら再び剣を取る日が来たようです――」
えっ、何だって!? それには全員が驚いていた、特にライアとサイス――
「おっ、お母様が――剣を取るというの!?」
「どういうことですか!?」
そこへなんと、ネシェラに呼ばれてディアスまでもがやってきた。
「アルクレア――生きているのか!?」
セディルが訊いた。
「ディアス、あなただからこそ聞きたいことがあります。
怪しい方に心当たりはありませんか?
アーカネル騎士としてそう言う考えを持つのは良くないことは百も承知です。
ですが――この状況、あまりにも――」
するとディアスは腕を組んで考えていた。
「私としては……一応候補として気になるのは3人だ――」
そんなに!? するとディアスは1人ずつ名前を挙げ始めた。
「1人は当時はセドラムの配下にして、
例の”アルクラドの戦い”――フィダンの森にある石碑に関係しているあの戦いの計画を立てた人物である、
エンドラス=ウェドファールだ」
セドラムではないのか、ロイドは訊ねるとディアスが言った。
「セドラム? いやいや、そもそもセドラムはあの戦いのやり方については反対している。
だが――当時は随分と切羽詰まった状況だったこともあってな、
エンドラスのその提案はセドラムの意に反して全会一致で決定したのだよ。
だから、セドラムも止む無くその方針で行くことを了承せざるを得なかったというところだな。
とはいえ――その件だけで風雲の騎士団失踪の黒幕というのは――」
確かにそれはそうなんだけど、
「一応、可能性だけはつぶしておきたくてね。
あくまで候補の一つと思ってくれればありがたいわね。」
と、ネシェラが言うと、ディアスは言った。
「もちろん、それについては私も同じ考えだからその認識は一致している、そう思ってくれていい。
ただ――個人的に比較的怪しいと思うのはレイランド=クアンドルだな――」
サイスは頷いた。
「元アーカネルの将軍で今は現役を退いている方ですね。
確か、以前は”青光の騎士団”を結成していた方と伺っていますが――」
ディアスは言った。
「そうだ、やつは青光の騎士団のサブリーダーをしていた。
だが、アルクラドの戦いで青光の騎士団のリーダーがやれてしまった。
その戦いの後に、やつは騎士団を辞めると言い出した。
もちろん、その際に何故を問われたがやつは何も答えず、一身上の都合とだけしか言わなかった。
しかし、あいつについては時々不審な動きをしていると聞く――
最近はめっきり姿を現さないようだが……」
それは怪しい。するとディアスは3人目の話をし始めた。それは、思いもかけない人物だった。
「この人物は疑うこと自体が禁忌とされる人物ではあるのだが、
それでも可能性という点では捨て難い人物――ゆえに一応候補として加えさせてもらうことにするが――
その人物は当時、アーカネルの執行官をやっていたこともある人物で、今やクレメンティル教の法王となっている男だ――」
まさか! それには全員が驚いていた、ネシェラを除いて。
「そう、その人物の名は――クリストファー=ロンデルだ――」
そう言われてネシェラは何やら考えている様子だった。