アーカネリアス・ストーリー

第2章 碧落の都

第50節 これが世界だ

 長い物干し竿を持って入場してきたネシェラ、対する相手は鎧で身を包み、青銅の剣を持ったハンターの男だった。
「おっ! こいつはツイているじゃねえか! どこのお嬢ちゃんだか知らねえが――こいつは何とも楽が出来そうだぜ!」
 男は嬉しそうにしていた。
「だが……あれは騎士の逸材としては少々問題のある男だ――」
 ランバートはそう説明を続けていた。するとロイドは立ち上がり――
「おいっ! ネシェラっ! 手加減してやるんだぞ!」
 と大きな声で言った、相手の男は驚いていた。
「ええ! もちろんよ! こんなやつ、一撃で倒せるわよ!」
 ネシェラは調子よく答えた。その様子に男は頭に来ていた。
「なっ!? ナメやがって!」

 サイスら執行官やディアス将軍などのそうそうたる顔ぶれも見ている、エターニスの者がどれほどの能力者なのか――まさに注目のカードである。
 そして早速実技試験が開始されると――
「うおらぁー! もらったぁー!」
 男はいきなり猪突猛進! ネシェラのもとへと一直線!
「よし! こいやぁ!」
 ネシェラは竿を持って構えて待っていた。
「いただきだぜぇ!」
 男は振りかぶり、ネシェラに一撃を――
「おっそい。」
 と、男が動作を繰り出す前にネシェラはあの綺麗な生足による恐ろしくも見事なハイキックを繰り出すと、 男の顔面に見事に決まった!
「ぐはぁっ!」
 男はそのまま倒れ、気を失ってしまった――
「えっ!? えぇーっ!?」
 ランバートは無茶苦茶驚いていた。 それはそうだ、まさかの開幕早々に一撃秒殺K.O.とは思ってもみなかっただろう、 しかもそれも武器も使わず蹴りの一撃――俺に任せておけでお馴染みの有言実行の男ロイド、 その妹もまた一撃で倒すという宣言通りにことを運んでしまった! 会場は騒然としていた――
「あんたも妹を評価してやったらどうだ?」
 ロイドはランバートに対して得意げに言った。

 そして次の対戦相手。やはり鎧で身を包み、剣を持っている男だった。
「あれは結構手ごわいぞ。 昔はドミナントの自衛団に所属していたっていう今回の選抜試験では注目株の男だ。 さっきは相手が油断していたせいでネシェラ”ちゃん”が運よく勝ちを拾えたようだが、 次はどこまでがんばれるのか、見ものだなー!?」
 ランバートは意地悪そうに言うと、ロイドはやはりスタンスを変えずに得意げに言った。
「物は言いようだが、この世界には”運も実力のうち”という言葉があってだな。 それと、ネシェラ”さん”にしとかないと後でぶち殺されるぞ」
 対戦相手の男は礼儀正しく礼をすると、ネシェラもそれに応じて礼をしていた。
「さあ、行くぞ!」
 男はそう言いつつ、ネシェラを攻めていた。
「はああっ!」
「ふーん、なるほど……ということは――」
 男は間髪を入れずに鋭い突きを放ってきた! するとネシェラは――
「よっと――」
 なんと、軽やかな身のこなしで攻撃をさらっとかわした!
「なにっ!? この攻撃を避けられる者がいるとは!」
 男は焦っていた、余程自信があったのだろうか。
「今の攻撃をかわしたのか!? どういうことなんだ!?」
 ランバートも驚いていた。
「そもそもあいつのクラスはウィング・マスターだからな、 攻撃を避けることが仕事――アレスとは真っ向から対立する戦い方を展開する。 あいつの”本気避け”に一太刀浴びせようなんて考えようもんなら相当苦労することは間違いないぞ。 ちなみに俺も未だに一撃与えられたことがないからな――」
 なんて妹だ――唖然としていた。
「でも、それが攻勢に結び付いていない気がするが――」
 アレスは言うとロイドは頷いた。
「そうだな、相手のほうが格が圧倒的に上だからそこまでする余力がないみたいだな。 そうなるとネシェラの判定負けになるのは必至だが――まあ見てろ、ここからが勝負だ」
 するとネシェラは物干し竿を構えなおし、男に向かって果敢に攻めて行った。
「やぁっ! たぁっ! とう!」
 だが、一振りが非常に大ぶりな武器を扱うだけあってスキも大きく、いずれも難なく弾かれていた、 モノがモノだけに一撃の重さだけは間違いないのだが。
「残念だったな!」
 と、今度は男にスキをつかれ、ネシェラは再び剣を浴びせられていた……
「うっ……くっ……」
 ネシェラは完全に押されており、物干し竿でガードしているのが精いっぱいだった。 そして――
「――しまった!」
 なんと! ネシェラはガードを破られ、物干し竿が宙を舞ってしまった――
「もらったぁ!」
 だが――そこでネシェラの”本気避け”が発動!
「くっ、しぶといな! まだやるか! お前は武器を失った! もう負けを認めてはどうか!?」
 と、次の瞬間!
「……えっ!?」
 なんと、ネシェラはその場でよろけて転んでしまった!
「ふはは! どうやら勝負あったようだな! さあ、観念するがいい!」
 そして、最後の一撃をネシェラに!
「甘い!」
 と思ったらなんと、ネシェラの白刃取り!
「ふふっ、残念ね! どうやら私の勝ちみたいね!」
 何っ!? 男は困惑していた。
「なっ、何を言っている!? 確かに見事な白刃取りだとは思うがお前の劣勢は変わっていない!  さあ、素直に負けを認めるのだ!」
 と、ぐっと力を込めようとしたその時――
「ええ、でも今回は私の勝ちのようね。」
 それに対して男は返事をすることなく、その場で剣をネシェラに預けたまま倒れてしまった。
「なんだと!? あんな偶然があるか!?」
 ランバートは目を疑っていた。
「いいや、それが偶然じゃあないんだ。 そもそもあいつは竿を飛ばされたんじゃない、自分で飛ばしているんだ。 その時点で既に落下地点も決まっていて、あとは如何にしてあの男の脳天にぶっさすか――それが狙いだ」
 そう、ロイドの言うように、ネシェラが上に飛ばした物干し竿は男の脳天に直撃していた。 相手は兜こそ装着しているも、その衝撃はすさまじく、気を失うのも必至なぐらいの衝撃を受けるとその場に突っ伏してしまった。 それをするためだったら自分がどんなピンチなのかというのを相手に見せつけてまで茶番を演じていく…… 転んだのも当然茶番――相手の油断を誘って決定打を与えることを目的としていただけだった。
「さっきの男の場合もそうだ、あからさまに挑発に乗りそうだったからあえて俺が呼び水役としてわざと挑発するようなことを言ってやった、 だからあんなに綺麗に一撃が決まったワケだ、見事だっただろう?  ま、あれは一種のデモンストレーションってやつだが――」
 ロイドは改まった。
「とにかく、あいつの戦い方はまさに”戦術そのものを操ること”を得意とする、 敵に回すと最も厄介なスタイルこそがあいつの能力だ。 そんなことされればどんな強者だろうとかなうわけがない。 だから執行官の卵として雇われることになったわけだ、わかったか?」
 ランバートを含め、会場は再び騒然としていた。
「なっ、なるほど――ネシェラ”様”って強いんだな――」
 今頃気が付いたのか、ロイドは呆れていた。
「いくら何でも早えーよ――ったく、なんて戦い方だよ、相変わらずひでえ女だな…… やっぱり、安定のネシェラ様は安定のネシェラ様だったってわけだな」
 リアントスは呆れながら見ていた。
 そんなこんなでロイドの妹であるネシェラが共に行くことになりそうである。 さて、今後の展開はどうなるのだろうか……?