セラフィック・ランドの第4都市フェアリシア――シオラの忘れられない土地であった。
黄昏の丘――1人佇むいい女、シオラはその丘から見える夕日をじっと眺めていた。
「ごめんねティランド、来るのが遅くなっちゃった――」
風が吹くとシオラの自慢の長い髪がはためいていた。
「本当に素敵な場所よねここ、あなたがここに連れてきてくれたのよ。
この森に入るのは私の能力の賜物だったみたいだけど、こんな場所があるって教えてくれたのはあなただったのよ――」
再び風が吹くと、またしても彼女の髪が――
「それからというもの、みんなでここでよく来ていたっけ。
でも、あなたは――私のことばかり見てくれていた。
私もそんなあなたばかり見るようになっていたわ――」
そして、そっと風が収まった。
「でも……あなたの命は沈んでしまった、フェアリシアと共に――」
しばらく無風の状態が続き、夕焼けは水平線の下へと徐々に隠れようとしていた。
「でも見て! 私たちはフェアリシアを復活させたのよ! 信じられる!? すごいでしょう!
私も話を聞いてびっくり! まさか本当にこうなるなんて思わなかったわ!」
そして……シオラは力なく言った。
「だけど……あなたは戻ってこなかった――」
その時、そんな寂しそうな背中のほうからカスミがトボトボと、ゆっくりと彼女の元へ接近してきた。
その気配に気が付いたシオラ、思わず振り向いた。
「あっ、カスミちゃん――」
彼女のその目には涙が……
「お姉ちゃ……」
すると、シオラはカスミの背丈に合わせて屈み、思いっきりカスミを抱きしめていた。そして、泣きじゃくっていた――。
カスミはそんなシオラの頭を優しくなでていた。
しばらくするとシオラは泣き止み、カスミと一緒に海のほうに向かって座りなおした。
「ごめんねカスミちゃん。でも、泣いたらちょっとすっきりしました――」
カスミは頷いた。
「泣き足りなかったらいつでも来る。
私でよければいつでも胸貸してあげる」
シオラは頷いた。
「うん、そうだよね、リリアさんやアリエーラさんもそうだけど、
みんな優しいから貸してくれるんだよね。
カスミちゃんも貸してくれるんだね……」
「遠慮しない。私にしかできないことある、話も聞く」
話……シオラは少々遠慮がちに言った。
「でも――そうだね、言ってみるだけ言ってみるのもありだよね、じゃあ聞いてくれる?」
シオラは無我夢中でティランドの話をしていた。
それをカスミはただにっこりとした顔で聞いているだけだった。
そして、そのうち――
「ごめん、やっぱりカスミちゃんにはちょっと早かったかな、結局私一人で話していただけだった――」
すると、カスミはにっこりとしながら言った。
「ううん、こういう時なんでも話したくなる、だから私全部聞いてた。
ティランドのこと好きなんだね」
その反応にはシオラも驚いていた。カスミは話を続けた。
「私、幻獣、でもそれ以前に一人の女。私も好きな人いた。でも、親しい人みんな亡くなった――」
えっ、そうなの!? シオラは訊いた。
「召喚獣でも召喚された先でそんなにあっさりと死んじゃうものなの?」
カスミは頷いた。
「私みたく未熟な存在、精神の使い方上手くない、だから弱ければ召喚先でもすぐ死ぬ。
そうじゃないの、”大いなる存在”呼ばれるごく一握りだけ」
そうだったんだ、シオラは反省していた。
「ごめんねカスミちゃん、そんなことも知らないで”獣”を召喚したりして」
カスミは首を振った。
「私、ここに呼び出され、エミリアに呼び出され、すごくうれしい。
エミリアに出会えた、リリアお姉ちゃんに出会えた、アリエーラお姉ちゃんに出会えた、
シオラにも出会えた――」
シオラはカスミのほうに向き直った。
「うん! 私も、カスミちゃんに出会えてすごくうれしい!」
カスミは答えた。
「うん、だからシオラ、その日その日を大事にする。
私と一緒にいるこの瞬間も、リリアお姉ちゃんたちと一緒にいる瞬間も、
ティランドと一緒にいた瞬間も――ううん、シオラはティランドと一緒にいた時間も大事にしてた。
だから私にティランドのことたくさん話してくれた。
話してた時のシオラとても嬉しそう、ティランドのこと好き、とてもよく伝わる」
そっ、そうかな? シオラはそう訊くとカスミは言った。
「私も同じ、好きな人いた、亡くなった。
私、ずっと泣いてた。それからずっと、好きな人のこと忘れられなかった。
でも私、お姉ちゃんも亡くなって話す相手いなくなった、誰もいないところで叫んでた」
そんなことが――シオラは呆気に取られていた。カスミは続けた。
「でも私決めた、吹っ切れた」
シオラはさらに話を訊いた。
「その時の時間大事にする。思い出の中の人、戻ってこない。
思い出は思い出、未来は未来、思い出にとらわれてたらきっと思い出の中の人がっかりする。
思い出の中の人、自分足枷――思われたくない。
だから前向いて歩く、思い出のために未来向く、思い出の中の人安心する」
そう言われてシオラも吹っ切れた。
「なーんだ、カスミちゃんって思った以上に経験豊富なんだね!
召喚獣だから見た目以上なのかなって思ったけど、思った以上に女子やってたんだ!」
カスミは得意げに答えた。
「私もお父様お母様のために生きる、お姉ちゃんのために生きる、彼のため精一杯生きる、そう決めた」
シオラは頷いた。
「うん、そうだね、そのほうがティランドも喜ぶか――」
「絶対に喜ぶ。ティランドの好きなの、いつものシオラ。
ティランドはシオラ好き、いつものシオラ好き、ならばいつものシオラやる、それしかない。
楽しいとき好きなだけ笑う、嬉しいとき好きなだけ喜ぶ、腹が立つとき思いっきり怒る、悲しいとき思いっきり泣く。
それ全部シオラ、どのシオラもシオラ自身。ティランド、どのシオラも好き、いつものシオラ好き」
シオラはにっこりとしていた。
「あーあ、カスミちゃんにはかなわないな、まさに人生の先輩だよ。
だから今度からは”カスミちゃん”じゃなくて”カスミさん”って言わないとダメだね」
「どっちでもいい、どっちも好き」
「ふふっ、カスミさん!」
「シオラ、私についてきなさい」
「はいっ! カスミ先輩っ!」
その時のカスミの眼差しはリリアリスのそれを彷彿させるものだった。
いや、むしろその眼差しは、実姉のオウカのものなのかもしれない。