話を戻して、今度はガリアスの闇が見えた。
内容については展開する前に一部をかいつまんで目を通していたリファリウスではあるが、
何分、内容が非常に膨大のため、こいつもすべてを把握しているわけではない、つまりは未知の領域に踏み込んだのである。
「これは……落書き?」
その内容は、”屑”とか”無駄”とか”死”といった文字だけが書かれていた内容のものだった。
それだけではない、空白文字や何もないけれども縦幅だけの長い文章(おそらく、改行が連打されているだけ)など、奇妙な内容だった。
「どーなっているんだこれ――」
フィリスはそう言った。
「病んでるな、まさに狂人たる所以か」
ガルヴィスは言った。そして恐らくその原因となる日誌の内容が。
その内容はまさに自分自身が”ネームレス”であることについて自覚し始めたような内容だった。
「なるほど、要するに俺らと同じような悩みを抱き始め、それで残忍極まりない非道な軍事態勢に方針転換したってことか。
こいつはエダルニウスの総司令官になったあとにそれを自覚したってことなんだな」
クラフォードはそう言った、確かにそんな感じに見えた。
それと同時にガリアスは虚無感も抱いていたようだ。
「ドービスの失墜を機にヤツを殺害し、ヤツに成り代わってエダルニアを動かそうと考えた。
自分は強く自分より強いやつはいない。この強さがあれば何でもできる、世界征服でさえ容易だろう。
もちろんそれに対抗してこようという勢力がいようものならすべて自分の手で捻り潰してきた。
だけど、こんなことしていて意味があるのだろうか?
だが、それでも一応はエダルニウス軍の責任者になったのだからすべきことはしなければいけない。
そんな葛藤を抱いていたのかガリアスは。そしてそのはけ口がこの日誌だったというわけか。」
リファリウスはそうまとめた。
だがそのあと、ガリアスに転機が訪れた、無国籍小隊プリシェリアの訪問である。
彼らの訪問前にクラウディアス連合国による”天命の刻30”が開催されており、
”ネームレス”のことが公表されているという情報もつかんでいたガリアス、
無国籍小隊プリシェリアに”ネームレス”が含まれていたこともあり、一定の興味を示していた。
内容からはやはりというべきか、無国籍小隊プリシェリアはクラウディアスの手の者であることをなんとなく感づいているような感じだったが、
それとは別に自らの存在に改めて悩みを見せているようだった。
すると、ここへきてなんだか有力な手掛かりが。
「”祭壇”? なんだそれは――」
ヒュウガが悩みながら言った。それについてはリファリウスが話した。
「向こうで茶番を演じている時もあいつは”祭壇”というワードを何度か漏らしていたことがあるんだ。
よかった、日誌にも書かれていたみたいで――」
リファリウスは安心していた。だが、日誌には、”祭壇”は見つけてはいけないものという感じの記載があった。
実際にはガリアスの夢の中では”祭壇”云々の話がずっと頭の中で響いており、
何故かガリアス自身がそれを見つけてはいけないと思い込んでいるような節があった。
さらに、長い文章が来たので、ヒュウガは文章読み上げソフトを使ってその内容を読み上げさせていた。
不思議なことに、あの”フェニックシアの孤児”は”ネームレス”という連中の一部だそうだ、
フェニックシアと言えばそう、あの”祭壇”があるというあのフェニックシアのことだ。
何故私がそれを知っているのかはわからんが、わかっていることは一つ、
フェニックシアは消えるのが正解だということだ。
それだけではない、セラフィック・ランド全体が消えかかっているいうことだが、それも正解ということである――
最近になって”祭壇”というワードが頭をよぎるようになったが、
そんなときにタイミングよくあの魔女から”フェニックシアの孤児”は”ネームレス”だと教えられ、
不覚にも取り乱すほどに驚いてしまった。だが、これは何かの因果なのだろうか?
こうも都合よく、関連する出来事が一度に起きるというのはやはり何かしらの予兆ととらえるべきかもしれない。
だからこそ、引き続き調べる必要があるだろう。
セラフィック・ランドはほかの”ネームレス”ひしめくクラウディアスの手の内にあるためこの際一旦見合わせるが、
そこから漏れ出た異形の魔物はこちらで捕獲してある、もう少し分析にかけてみる必要がありそうだ、何か意外なことがわかるかもしれない――
このファイルの内容はここまで。魔女とはプリシラのことで間違いないだろう。それで、ガリアスは何かをつかんだのだろうか?
テキストファイルは前後していた。
それが示すように、次の内容は過去の内容である。
「ファイルの更新順で表示しているからな、
昔のファイルを探して書き直しているんじゃないのか」
ヒュウガはそう説明していた、無論、ガリアスの話である。そして、再び読み上げソフトの出番。
久しぶりの帰郷である。
と言っても、あまりあてにならん記憶に帰郷を訴えたところで意味はないのだが。
そういえば日誌には故郷についての情報がなかったハズなので一応ここに書き記しておく。
私の出身はコエテク、だが、以前の記憶はない。
ただ、私が当時コエテクにいたときはちょうどアリヴァール島というのが消滅した時期であり、
当時は島が消えるなどとにかく恐怖していたことは今も記憶に新しいことだ。
また、私のように突然現れるという事例は”フェニックシアの孤児”が有名だそうだが、
彼らは”孤児”というようにおそらく子供、成人した姿だった私とは偉くかけ離れていた、”コエテクの孤児”ではなさそうだ。
くだらん昔話はこんなもんでいいだろう。
それで、何故コエテクにいるのかということだが、最近夜に登場する例の”祭壇”のことである。
当時はコエテクにいる際、見知らぬこの土地を興味本位で散策していた私だが、
思い起こせば、あの”祭壇”かもしれないと思い始めていたのだ。
いや、あれはあくまで夢、勝手に私の記憶が夢の中で暴走しただけに過ぎないかもしれないが、
なんだか妙に気になったため、現在進行形で消えゆく前にこの地を見ておきたかったのである。
私もなかなかのもの好きだな。
そして、私は確かめた、確かに、夢の中に登場する”祭壇”かもしれない。
夢の中の内容との比較なのではっきりしたことは言えないが、なんだかそんな気がしたのである。
そして、私はさらに調査をするため、その”祭壇”に触れようと決意した。
するとどういうことだろうか、その”祭壇”からは、なんだかとてつもなく大きなものがあるように感じた。
それが何だったのかわからないが、私の中ではこう考えている、その”祭壇”には”もう一つの世界”が封じられていると。
別の世界――世界征服を考えている私にとって、別の世界があるなどということになると、それは障害でしかない。
それは何故か? 別の世界には別の世界のルールというのがある。
その例はあの異形の魔物、セラフィック・ランド消滅の折に出てくるあの魔物の例を見ればよくわかるだろう、
このエンブリアの魔物と比べ、能力差は明らかだ。
そうとも、この世界、エンブリアはまさに、私のための王国、この場所こそが私にふさわしい場所、私を王者へと導いてくれる最高の世界なのだ。
願わくば、あれが解放されないことを祈らんこと――このファイルには最後にはそう締めくくられていた。
「何故か急に別の世界に言及している感じだけど、ということはつまり、ガリアスも異世界説までは言及しているというわけだ」
ヒュウガは考えながら言った。
そして最後の読み上げ。
なんと、例のプリシラという例の女神もどきまでもが異世界説を視野に入れているという。
正直、あまりに驚いたので一瞬何も聞こえなくなってしまったほどだ。
だが、恐るべきはそこではない、彼女に入れ知恵したのがあのリファリウスだということである。
そして、そいつが言うには”ネームレス”こそが異世界からの来訪者であるということだ!
信じられんかもしれんが、私はその説をすぐに信じた、あの時の”祭壇”で何となく感じたものといい、
そして、やつの展開する異世界人説の全容といい、まさに”ネームレス”であるらしい私の身に起こっていることすべてが当てはまるからだ。
なんとも恐るべき考え方を持つやつだが、だが、それはそれで一定の評価に値するやつだと思われる、
だからこその強敵と言えるだろう、私はヤツとは徹底的に対立するつもりなのだから。
しかし、そうなると新たな問題が発生する、
つまりは異世界人が私の前に多数立ちはだかるということである。
敵とあらばすべてを倒していくのは私としても異論はない、それで果てるというのであれば本望だ。
だが、今果てるわけにはいかん、これまでずっと、何のために葛藤してきたと思っているのだ、
そうとも、私は明確な目的を見つけたのだ、世界の支配者になることだ。
幸いにもこの女神もどき――いや、こいつの能力は本物だ、今やすべてのエダルニア兵は彼女の指一つで簡単に動けるほどだ、
”ネームレス”ではあるが、この女の実力自体は私よりも下、仲間に引き入れたのは正解だと言えることだろう。
ふっ、いいだろう、この私の計画でお前を本物の女神にしてやろう、好きなようにやるがいい。
そしたら、残りの”ネームレス”をどうするかが問題だ。
アリエーラは私の女にするとしても、ほかの女はこの女神の力だけではいなすのは難しいか、
否、この女神が”ネームレス”の男を誘惑してしまえば、そいつを使って始末させることも容易だな。
ククッ、なんだ、簡単な話ではないか。
そうであれば話は簡単、これで異世界人説を唱えるものはいなくなり、
このエンブリアは晴れて私のものとなる道筋ができるというもの!
これによってエンブリアに真の王者の名が轟くことになるだろう、ガリアス=ボーティウスの名がな!
だが、彼の野望はその女神プリシラの作戦によって露と消えていったのだ――
「死に場所を常に求めているのとは裏腹に、世界支配自体もがっつり進めていたみたいだね。
テンション高めの文章も多分闇を抱えているが故の狂人節のせいだろうね。」
リファリウスは呆れながらそう言った。