フロレンティーナが彼を殺害したことについてはとあることが関係していた、それは――
「話は少し戻るけど、私さ、本当は本物になるために頑張る必要がなくなっちゃっているのよ」
えっ、それはどういう――フラウディアは訊いた。
「いーい? ほら――」
フロレンティーナはそういいながらフラウディアを優しく抱きかかえたのである――なんていい匂いなんだろう、
それに感触も、すごくふんわりとしてすごく気持ちいい――
そういえば、さっき玄関先で彼女に抱かれた時もそんな感触を受けたフラウディア、
こうやって改めて触れてみると、すごく幸せな感触を感じた。
「わかる? この感触がラミア族の女の感触なのよ」
ラミア族の女だって!? フラウディアは非常に驚いていた。
そう、以前はフラウディア自身がラミア族の誘惑魔法がどうのという話をしていたが、
そんなまさか、お姉様がラミア族って、一体!?
「簡単に言うと手術したのよ、ラミア族の臓器を使ってね」
誘惑魔法をものにするため、あの後もフラウディアはいろいろと調べていたのだが、
プリズム族と呼ばれる種族も同じように誘惑魔法の使い手らしく、
ルシルメアで出会ったいつぞやのブティックの店員はプリズム族だったようだ。
彼女らの特有の美女の香りはプリズム族由来のものだったようだ。
そして、フロレンティーナは男性器とラミア族の女性器を取り替えることとなり、
それによって、体中がラミア族の女性として機能するようになったというのが真実なのだという。
この流れはあのラミキュリア、つまりプリズム族の時と同じ現象が起こっているようだ。
「うふふっ、ラミア族の女なんて……まさに魔性の女そのものだと思わない?」
確かにそんな気がする。それに、今のフロレンティーナのそのイメージには結構マッチしていた。
フロレンティーナは面倒見の良い姉御肌の女性だが、そういう女性に限ってそういう一面がある。
実際、その身体を利用し、数多の男たちとは宴を繰り返しては自らの虜とし、
手足として使役していくという、真正の魔性の女っぷりを地で行くような大魔女そのものである。
でも、彼女の性根はフラウディア同様にさみしがりの、魔性の女とは縁遠いキュートな女性。
魔女を演じているのも、自分の将来のためだと思ってやっていることである。
そんな彼女の今の服装も、トップスは可愛らしいおしゃれな服で着飾っているが、
ボトムスは赤くて可愛らしいひざ丈ぐらいのミニスカートをはいて女の子らしさを演出していた。
この趣味は何気にフラウディアと同じで、フラウディアも似たようなシルエットの色違いを着ている感じである。
しかし、フラウディアは胸のサイズがずいぶんと大きく、胸の谷間を隠すことなく服を着こなしていた。
「それにしてもあんた、胸がずいぶんと大きいわね――ちょっと大きすぎない? 服選ぶのに結構困るでしょ?」
それに対してフラウディアは首を横に振ってこたえた。
「んーん、そんなことないよ。
ルシルメアのプリズム族のおねーさんたちのお店に行けばいろいろとサイズを合わせたり、
サイズの合う服を見せたりしてくれたりするんだー♪」
フラウディアが楽しそうに話している様子に、フロレンティーナはにっこりとしていた。
話を戻そう。
「女になることになった経緯なんだけど、ユーラルでラミア族が発見された話がまさにそれなのよね」
ラミア族が発見されたが、実際には住居は特定できず。
だが当時、フラウディアと同じ思いをしていたフロレンティーナはラミア族と接触すれば何とかなるかもしれないと思い、
ユーラルのとある地方を調査していた。すると――
「名前はロミアン、発見した時はもう死んじゃったんだと思ったわ――」
ユーラル大陸のディスタードと抵抗勢力との戦いに何人かのラミア族の女性が巻き込まれて死亡していたのだが、
彼女だけは辛うじて一命を取り留めていたのである。
「とにかく、助けを呼ぼうとしたんだけど、ラミア案件となると、ディスタードの手に渡ったら確実に標本サンプルよね。
私個人としての希望ならそのほうがいいんだけど、やっぱり、そこはさすがに私にも良心があるからね――」
あのままディスタード軍のもとへ帰るわけにはいかなかった。
「そしたら彼女は、近くに自分たちの里があるからって案内してくれたのよ」
普段は彼女らの利用する誘惑魔法を用いて住居である森にバリアみたいなのを張り、魔性の森へと変化させているのである。
そういう話ならフラウディアも聞いたことがあった、ルシルメアのショップの店員さんの話である。
彼女らによれば、ルシルメアの東の森には近寄らないでほしいということだそうだ。
そんなこんなで何気に似たような種族と接触している2人であった。
ともあれ、それにより、フロレンティーナは彼女の案内で里へとたどり着いたのだが――
「里に着いて仲間と再会すると同時に息を引き取っちゃってね――助けられなかったのが悔しくて、
もう少しでもいいから早く発見して上げられたらと思うと、ひどく後悔したわ。
けど――ロミアンったら、男である私が望むのなら、
自分の臓器を使って望みの身体にしてやってほしいって仲間に託したというのよ」
そう、それこそが、フロレンティーナが女性化するきっかけとなる出来事そのものだったのである。
だが、フロレンティーナは最初は躊躇った、自分がそんな存在になるなんて――嬉しいのは嬉しい、
自分の願望でもあるのだから是が非でもやってもらいたいというのは当然の心理である。
しかし――それと同時に葛藤も抱いていた、そんなことしてもいいのだろうか?
女になるのはいい、でも、これは重大な決断だ。
もちろん、そうなると決めた以上は前向きに検討すべきなのは言うまでもないが――ロミアン自身は幸せなのだろうか?
そして、いきなり見ず知らずの男だか女だかわけのわからない存在に対して自分の臓器を託すなんて、
本当に、それは彼女の望んだことでいいのだろうか?
「いろいろ思ったんだけれども、彼女はすでに亡くなっていて、
臓器が少しずつ破壊されていっているの、考えている時間もあまりなかったわ。
だからなのか、ロミアンの仲間の1人が私にこう言ってくれてね――」
ロミアンはラミア族にしては非常に優しい心の持ち主なんだという。
聞けばラミア族は魔族由来、特に他種族に対しては”あたり”が厳しい種族なのだという。
だが、ロミアンのその考え方に感化されて、あの里が形成されたのだという。
そして、ロミアンの意思を尊重する者がフロレンティーナにそれを勧めたのだという。
「何より一番嬉しかったのは、ロミアン自身が私のことを優しい人間だと思ったから仲間に託したってこと、
そう言われたから――私は決断したのよ。
そして――ロミアンに恥じない生き方をしようって決めたのよ」
それに対し、フラウディアはフロレンティーナを見つめながら言った。
「そうです! お姉様はすごく優しい人間です! だから私、お姉様と一緒にプロジェクトを乗り切ることができたんです!
それにお姉様がいなかったら、私はそれこそ本当に魔性の女そのものになって、自分から進んで淫乱な行為をし続けているハズです!」
そういわれると、フロレンティーナはにっこりとしながら言った。
「何を言っているの、それは私のほうこそよ。
あなたがいたからこそ、私は”フロレンティーナ”でいられるの。
あなたがいなければ淫らな行為大好きの怪しからん女で、
きっと”フロレンティーナ”なんていう名前さえ考えていなかったと思うわ」
すると、お互いに嬉しそうな顔をし、話を続けた。
「私たち、似た者同士ですね!」
「そうよ。これからもよろしくね、フラウディア♪」
「こちらこそ、フローラお姉様♪」
この2人の女の友情は厚い。
そして、フロレンティーナはゲイスティール殺害の件にいたるわけだが、
つまりはフロレンティーナは手術したことがバレてしまったのである。
ドズアーノについては、むしろフロレンティーナにそうなることを奨励しているため、
知ってはいても、別に気にする様子はなかったが、ゲイスティールは違った。
そして、”トラウマのムチ”を恐れたフロレンティーナはできるだけ早いうちに事を起こし、
ゲイスティールと、彼が握っていた自分自身の”トラウマのムチ”を始末したのである。
そして、ゲイスティールは事故死をしたことになったのだが、一部の者たちはそうは思わなかった。
そう、ネストレールやベイダ・ゲナ達である。
彼女が女性になったことについては、ゲイスティールの際にバレたことを考え、
普段のラミア族の特有のオーラをうまく操ってバレることを何とか回避したが、
フロレンティーナの現地での功績も認められ、ゲイスティール殺害の手際の良さを買われたフロレンティーナは、
フラウディア同様にベイダ・ゲナの配下、つまりはフラウディア同様にネストレールのもとに従事することとなったのである。
だが、となると、一つの疑問が浮かぶ、フロレンティーナはそのまま帝国へ戻らず、逃げればよかったのではないかと。
すでに女性化にも成功し、”トラウマのムチ”も始末してすべてが終わったハズなのである。
なのに、何故舞い戻ってきたのか? それはやはり、フラウディアのことが気がかりだったからである。
彼女を置いて自分だけ逃げることなど、フロレンティーナにはできなかったのである。
そしてそれもまた、彼女らの友情の分厚さを知るエピソードであり、フロレンティーナの優しさが表れている例とも言えよう。
だが、本来なら逃げようと思えば逃げられたフロレンティーナが逃げ出さなかったあたり、
帝国側としてはむしろ、それだけに彼女が帝国に忠実で、忠誠心が厚いと再評価されることとなり、
それも相まって、ムチなしでフラウディアと同列の存在としてみなされるようになった、エライ大出世をした魔女である。
そして、彼女のその本性を考えるに、むしろ本物の女神様と考えるに相応しい慈愛に満ちた女性である。