「ねえねえ!」
誰かが誰かを呼んでいた。
少なくとも幼い頃の出来事であることは間違いなさそうだが、
具体的にでどんな状況だったのかははっきりしない。
だが――それは誰かが見ている夢であることだけは間違いなかった、
何故なら――そこには夢を見ている者の意思が宿っていたからである。
「ねえ! ちょっと! 聞いてるの!?」
その声の主は女の子であることは認識できた。
その女の子は気が強く、いつも勝気な感じな子だった。
だからなのか、
「ほら! ぼさっとしていないで、早く課題を終わらせるよ!」
恐らく、小学校の授業か何かだろうか、
チームで取り組む課題に対してその女の子主導でことを進めており、
ある男の子の尻をひっぱたいていた状況なのである。
そんな活発でお転婆で変わった女の子だったが、
見た目はなかなかに可愛くて夢を見ている者にとっては好みの子、密かに思いをはせていたようである。
その女の子は中学生、そして高校生となり、とても綺麗な女の子になった。
だがしかし、活発でお転婆で性格的にも変わったところがあるのはそのまま、
男子からは影で”これさえなければ”といつも言われているほどだった、所謂”残念な美女”と呼ばれる種類の女子である。
その子はいつも仲良しでいる女の子とは常に一緒であり、そっちの子もなかなかに可愛い子だった。
それこそお転婆の子に比べてだいぶ控え目な印象の子で、
ちょくちょく男の子にからかわれることもあったぐらいである。
だが、そんなことがあるとお転婆の子が目の色を変えて激怒する、
からかってくる男の子を次々と返り討ちにして、いつもいつも控え目な女の子を守っていた。
小学校の頃だと次第にそれが3人組になり、中学生になると4人組になっていた。
3人目はお転婆な女の子同様に気が強い子で、お転婆なことはよく気が合う。
そして4人目もまた可愛い子で、とにかく4人はいつも仲良しだった。
なんだろう、何故かはよくわからないが、夢を見ている者はそんなことを思い出していた。
夢の内容を考えているうちに、その者は完全に目が覚めてしまったようである。
夢の内容なんて言うのはあまり覚えていないものだが、そいつは断片的に内容を覚えていた。
あの子は誰だったのだろうか、ちょっと好きだったのは覚えている、今はどこでどうしているのだろうか。
だが、そいつにはそれ以上に気にしなければならないことがあった、そもそもここはどこなんだろう、と。
「やあオリエンネスト君、よく眠れたかな?」
彼の名はオリエンネスト、特徴的な銀髪はほのかに赤みを帯びていた。
しかし、これは彼の実名ではない――いや、実名ではないはずである。
何故かというと、自分がなんという名前でなんて呼ばれていたのか覚えていなかったからである。
だから彼はこの話し相手にオリエンネストという名前を便宜的につけてもらった。
で、その話し相手はというと――
「はい、おかげさまで。ありがとうございます」
オリエンネストはその話し相手にそう返事した。
彼の名前は賢者クラネシア、非常にきれいな顔立ちをしているが、恐らく精霊族だろう。
このエンブリアに精霊族とはなかなか稀な存在だと言われているが――
ところで、オリエンネストが彼のもとにご厄介になっている特別な理由があった、
見知らぬ土地と見知らぬ人々、つまりは記憶喪失の状態でさまよっていたオリエンネストだが、それ自身が理由である。
そして、それ自身が何故理由になるかというと、
実はクラネシア自身もオリエンネストとはある程度似たような境遇だったことに起因するらしい。
そう、似たような境遇同士だから仲良くしようというだけのことである。
「その様子だとまたいつもの夢を見たようだね」
クラネシアはそう言った。
いつもの夢――オリエンネストはだいたい似たような夢を毎日のように見ていた。
シチュエーションは決まって幼い頃というか学生の頃のもので、いつも気になっていた女の子が登場する。
そんなこともあり、1つ1つの夢の内容まではしっかりと覚えているわけではないが、
断片的に記憶できているものをつなぎ合わせると、もしかしたら自分の過去のことなのではないかと何となく考えたのである。
いや、そもそも記憶喪失なんだが、何故か夢に見る光景についてはいわゆる”どこかで見た”光景、
覚えているというよりも過去にこんなことがあった気がするとかそういう感じだった。
だからこそ本当に自分の過去の記憶なのかもしれない、記憶のないオリエンネストは間違いなく記憶だと信じており、
クラネシアからも夢で見た光景は自分の記憶を取り戻すカギだと言われていた。
クラネシアはルーティス学園で教鞭をとっていた、つまり、2人はルーティスでご厄介になっていたのである。
元々クラネシアは放浪の魔導士としてあちこち彷徨っていたのだが、
ルーティスには昔の大戦で活躍したという英雄”召喚名手”と呼ばれる存在がいて、
彼からいろいろと話を聞こうと割と最近になって訪れた。
しかし、召喚名手は体調が優れないらしく、病床に伏せている状態だった。
だが、召喚名手はクラネシアと話をしているうちにクラネシアの能力を見抜いていたようで、
召喚名手自身が学園に掛け合い、クラネシアは学園で教鞭を振るうことになったという。
居場所のないクラネシアとしてもそれを二つ返事で快諾、現在に至る。
そして、自分と同じようにルーティスに突如として現れた迷子のオリエンネストの存在を把握すると、クラネシアはすぐさま彼を保護した。
オリエンネストは発見された際、今にも死にそうな状況だったようで生死の境をさまよっていた。
少し前にクラウディアス連合軍とディスタード帝国軍との戦争があり、
それに巻き込まれたのではないかとも言われていたがよくわかっていない。
しかし、一つだけ確かなことはオリエンネストが発見された際の出来事である。
当時、ルーティス学園の一部の学生たちには課外授業として学園外での授業が行われていた。
ただ、その日は都合が悪いことにルーティス市からモンスターアラートが発令されている日で、
学園からの外出は控えるようにとお達しが来るはずだったのだが、
残念ながらクラウディアス連合軍とディスタード帝国軍との戦争の影響によってアラートシステムに不具合が生じており、
課外授業を行う予定の教職員や学生たちにはアラートが通知されなかった。
それによりエンブリアでも凶暴でかなり強力な魔物である”フェルナス”と呼ばれる巨大な怪鳥がルーティスの学生たちを襲うことになった。
最初は引率の先生たちがフェルナスに果敢に挑んだのだがフェルナスには歯が立たず、返り討ちにあってしまった、
幸い、一命をとりとめているようだが。
しかし、そのあわや大惨事という状況に置いて、
ほのかに赤みを帯びた銀髪が特徴的な救世主が現れた、オリエンネストである。
だが、彼はどういうわけか満身創痍の状態であり、フェルナスを相手に極限の戦いを展開していた。
当然、そんな満身創痍の戦士にフェルナスを相手させるのはとんでもない、
学生たちは戦おうとしたのだが、フェルナス相手ではそれは難しい相談だった。
そして、そうこうしているうちにフェルナスはオリエンネストによって撃墜されると安心したのか、
彼もまたその場で倒れてしまった。
その後、オリエンネストが気が付いたのはルーティス学園付属病院のベッドの上で、目の前にはクラネシアがいた。
フェルナスを一人で撃破するほどの能力といい、記憶がない状況といい、
クラネシアにとっては自分の状況とあまりに酷似しすぎていてオリエンネストのことを放っておくわけにはいかず、
また、自分自身のことについても何かわかるのではないかと思い立つとオリエンネストを引き取ったのである。
ところで、ルーティスにはかつて似たようなエピソードがあり、
どこからともなく現れた圧倒的な力の持ち主によってルーティスが守られたという話があるようだ。
当時を知っている者にとってはあの時の英雄の再来かと噂が立っていた。
だが、彼とその英雄とでは決定的な違いがあった、それは――