幻界碑石――そこにはフロレンティーナがやってきていた。
「いろいろとあったけど――なんだか不思議なもんね、私も”ネームレス”ですって」
フロレンティーナは幻界碑石に対して呟いていた。
そして、周囲を見渡していた、この場所でリリアリスによる魔法剣技の特訓をし、
リリアリスと激闘を繰り広げていた、その跡を確かめていたのである。
「何故かしら、ここはとても不思議なところね、いるだけで落ち着くこの感じ――」
すると、今度はその幻界碑石のもとに、とある男がやってきた、そいつは――
「あら、あんたは――」
フロレンティーナはそいつの存在に気が付いた。
「よう、ここにいるって聞いたもんでな」
そいつは、まさかのレイビスだった。
「聞いたって?」
「リリアさんからだ。あの人、面白い人だよな」
「あんたもそう思う? いいわよね、リリアって。私は好きよ、リリアは」
レイビスは頷いた。
「人気がある理由がわかる気がするな、面倒見がいいしな――」
そこへフロレンティーナが訊いた。
「確かに、面倒見がいいけど――その面倒見のお姉さんに訊いてまであんたは何しに来たわけ?
私に何の用?」
レイビスは頭を掻きつつ、話し始めた。
「悪い悪い、それもそうだな。
いや、あんたって、確かあのディブレス――いや、ドズアーノの知り合いだったんだよな?」
「えっ? ええ、まあ、知り合いっていうか、元カレね。それに別にどっちで呼んでもいいけど別に。
年齢が父親とその娘ってぐらい離れているけど、でも、そういう関係だったわね」
「でも、あんたって――言っていいのかわからないけれども――」
「そうよ、私は元々男だったのよ、信じられるかしら?」
「ま、まあ、それもそうなんだが、帝国軍が作ったっていう生物兵器なんだろ?」
フロレンティーナは意表を突かれていた。
「えっ、そっち? ま、まあ、そうね――」
するとレイビスは頷いた。
「なんか、それってずいぶんとひどくないか?」
フロレンティーナは嬉しそうな顔で答えた。
「まあでも、なんだかんだ言って私も結果的にここにこうしていられているわけだからね、
案外悪くないものよ、生物兵器に育てられてもさ」
「前向きに捉えているんだな」
「まあね、こうして女としての英才教育も受けられて、それなりに楽しんでる。
恋もしたし、彼氏もいたし――ここじゃあ話せないようなことも……」
レイビスは頭を掻いていた。
「まあ、なんだその――ディブレスのやつ、あんたのことやたらと自慢していてな、
あんたをものにした話から一緒に寝た話までやたらと好きなんだなと思ってたな」
フロレンティーナはちょっと不機嫌そうだった。
「あら、そう、言ってもあいつ、気に入らなかったことがあるとすぐに怒鳴ったりするし、酷い時には殴られたこともあるわ。
だからまあ、その――ユーラルの任務が終わったらすぐに縁切ろうと思ってたのよね。
まあ、ゲイスティールが死んだ途端にユーラルの話すらなくなったから、
それを機に捨てることにしたのよ、おかげさまで清々したわ」
それを聞いたレイビスはビビっていた。
「そ、そうか、なるほどな、それでディブレスのやつ、あんなに落ち込んでいたんだな。
それこそ、心ここにあらずっていうレベルの落ち込みようだった。
捨てたってんならどうでもいいかもしんないけど、ずいぶんとひどいやつだった、
俺の目から見てもあれは傑作だったな」
フロレンティーナはそれに対してただ「そうなんだ」とだけ言って答えただけだった。
「まあ、暴力振るうっていうレベルだったら、仕方がないんじゃないかな――」
そこでフロレンティーナは訊いてみた。
「それで、どう? ドズアーノから聞いてた私のイメージ、本物見てどう思うかしら?」
それに対してレイビスは声をつぐんでいた、どうしたのだろうか、フロレンティーナは改めて訊くと、
「あ、いや、その――実はあんたのことは見たことがあるからな。
あんたは知らないかもしれないが、俺はディブレスとあんたとのやり取りも見たことがある。
その時はちょうどあんたがディブレスの顔に平手打ちをしているところだったな。
その後、ディブレスがあんたに向かってやたら土下座していたっけ、あれは本当に傑作だったな!」
それはそれでフロレンティーナとしてもなかなか楽しいエピソードだが、
レイビスの態度としては違和感を覚えていた。
「あんたさ、ドズアーノに対する態度っていつもそんなだったの?」
レイビスは頷いた。
「まあ、そうだな、別に仲間というわけでもなければ敵というわけでもない、
傭兵に似た間柄ではあるけれども、それは完全でもない――まあ、ただの同行者ってところだ。
だから大体いつもこんな感じだな、ただ、笑ってられるのは今のうちだっていつも言われていた、その程度かな」
そうなんだ、フロレンティーナは納得した。
フロレンティーナは話を戻した。
「そっか、ともかく、私のことは知ってたのね。まあ、別に何がどうってわけじゃあないけれどもさ」
「いや、むしろ、なんであんたみたいな人があのディブレスと一緒にいたのか信じられなくてな。
確かに、ディブレスは強いっちゃ強いけど、正直、人としては最低な部類だと思うぞ。
まあ、死に場所を探しているような傭兵って結構いるけれども、
そういうやつに限って人となりはよくないやつばっかりみたいだからな」
フロレンティーナは「ふーん」と言うと、レイビスは慌てて付け加えた。
「あ、いや、俺はそういうのとは違うし、そういう知り合いは少ない方だからな。
それはあくまでディブレスの弁だ、まあ、あんたが倒したあいつらを思い出せばわかると思うが、
確かに、あれはいい例だと――」
それに対し、フロレンティーナは話を割って訊いた。
「ねえ、私に用って、それだけ? 昔話をしに来たの?
正直なところ、あんな男の話とか、今更どうでもいいんだけど」
レイビスは全力で首を振った。
「あっ、いや、その、ちょっと話の続きみたいになってしまうんだけど、
あんたみたいな人があのディブレスと一緒にいるのが信じられないほどいい人だなと思ってな――」
フロレンティーナはすぐに食いついた。
「えっ、なに? つまりは私がいい人だっていうことを伝えたかっただけ?」
レイビスは言葉に詰まっていた。
「ま、まあ、それもあるんだけど、俺としてはあんたみたいな人――つまり、その、なんだ、えっと――」
そんな様子を察し、フロレンティーナから話をした。
「分かった、こういうことでしょ?
要するに、あんたが今まで生きてきた中では私みたいなのは珍しいタイプの人間なんでしょ?
で、そういう人間の人となりが気になると、そういうこと?」
そう言われたレイビスは大きく頷いた。
「そうそう、そういうこと!
それに――またディブレスの話を経由することになるのが悪いけれども、
やっぱりどうしてもあいつと一緒にいたことがどうしても信じられなくってな」
そう言われてフロレンティーナは考えつつ言った。
「まあ、そうね、確かに、皮肉にも、あんたと私とを結ぶ接点があいつぐらいしかないんだもんね、
それなら仕方がない、妥協してあげる。
そして、どうしたいの? わざわざ私とそんな昔話をしに来て、あんたの狙いは?」
うっ、それは――レイビスは頭の中が真っ白になっていた、何も考えていなかったのである。
それに対してフロレンティーナは気さくに話をした。
「まったく、仕方のない子ね。いいわよ、だったらこうしない? あんた、私と付き合いなさい。
そしたら私の人となりが見えてくるわよ、これでどうかしら?」
えっ――レイビスは非常に焦っていた。それに対してフロレンティーナは言った。
「まさか、あんたの気持ちが汲めないとでも思ったワケ?
私の人となりをわざわざ知りたいし、それにいい人だなんて当たり障りのないことを言うなんて、
何が狙いか大体決まってくるでしょ、違う?」
レイビスは図星を突かれた、そう、レイビスはフロレンティーナのことが気になっていたのである。
「悪いわね、あんたから言いたかったことかもしれないけど、先に言わせてもらったわ。
私としても、せっかく目の前に私のことを気に入ってくれたらしい、ちょうどいい物件があるのに、
それをみすみす逃してしまうのも惜しいからね」
物件て――レイビスは訊いた。
「俺ってちょうどいいのか?」
「もちろんいいわよ。
話をしてる限りだと、結構優しそうだし、私のことを気にかけてくれているし、それに何よりイケメンじゃない♥」
そ、そうか? レイビスは照れていた。フロレンティーナはさらに話を続けた。
「にしても、あんたも物好きね、私みたいのが好みだなんて。
フラウディアみたいなタイプならともかく、よりによって私――まあ、以前にもいたわけだけどさ――」
レイビスははっきり言った。
「で、でも、あんたはとても美人だと思う!
はっきり言うと、最初にあんたを見た時から俺は気になっていたんだ! だから、その、つまり――」
そう言われたフロレンティーナは顔を真っ赤にしていた。
「な、なによ、意外と言うじゃないのよ。
分かったわよ、そこまで言うんなら、もうちょっとちゃんとあんたのこと考えてあげるわよ。
そこで早速、記念すべき彼女からの最初の頼みがあるんだけど、聞いてくれるかしら?」
なんだろうか、レイビスは態度を改めて訊いた。
「そろそろここにいるのも飽きたから、
どうせならこのままどこかでおいしいものでも食べに行かない? お腹すいちゃったわ」
こうして、この2人のデートが始まったのである。