エンドレス・ロード ~プレリュード~

悠かなる旅路・精霊の舞 第2部 夢の王国の光と影 第3章 忍び寄る魔の手への挑戦状

第55節 この国の未来

 アルドラス、リアスティンは大半のクラウディアス兵や騎士たちを引き連れて森に慌ててやってきた。
「まだ被害が広まっていないうちに早く火を消すんだ!」
 アルドラスが慌てつつも消火作業の指揮をとっていた。
「陛下! ここから先は危険です! どうか避難を!」
 しかし、リアスティンは聞かなかった。それどころか、火の手のほうに進んでいく――
「この火事――自然発生ではない感じだな。 どちらかというと、魔法の標的を”ロック”せずに使った感じに見える――」
 リアスティンはそう言った。 魔法の標的を”ロック”するというのはその通り、魔法を使用する対象をロックした相手に絞って行使するという意味である。 この魔法はそれをしていないということにだけれども、ということはつまり――
「アルドラス! セディルさん! シャナン! これはただの火事じゃない、放火だ!」
 なんだって!? その話を聞いた者は全員驚いた。 とにかく、消火活動の陣頭指揮にあたっているアルドラスはそのままに、 リアスティンはセディルとシャナンと火の元と思しき森の奥のほうへと向かっていった。

 そして、その発火元と思しき場所には召喚壁があった。
「こんな時にこのような場所へと来ることになるとはな――」
 セディルはそう皮肉を言った。
「しっ、誰かがいます――」
 シャナンは2人に注意を促した。すると、その誰かが姿を現し、不気味な様相で狂喜していた。
「ヒャハハハハ! どうせ、どうせこの国には末路が見えている! そうとも!  この国はもう終わるんだァ! この私が良かれと思ってやってきたことはここですべて水の泡と化すのだァ!  そうなった原因はあのリアスティンのせい! そして、こんな森に! こんな厄介な石ころが置いてあるのが悪いのだァ!  さあ燃えるのだ! 何もかも燃え尽きてしまうがいい! ヒャーッハハハハハハハ!」
 そいつは間違いない、ローファルだった。 もう、自分の知るクラウディアスはなくなろうとしており、 そして、それが避けようのないことだとを悟り、発狂していたのだった。
「哀れだな、ローファル――」
 シャナンは話しかけた。すると、ローファルはこちらに気が付き、そして、リアスティンをにらめつけながら言った。
「何者だ貴様は! ……ああ、そうか、貴様はこの国の王だったなぁ? そうかそうか、そういえばそうだったな。 だが、そんなことはどうでもいい! 今すぐここで、貴様もろとも消えてなくなればよいのだ! ヒャハハハハ!」
 仮にもここは”天使の森”とも呼ばれる森、そんな罰当たりなことさせるもんか、リアスティンは拳を握りしめた。 すると、セディルが前に出た。
「ここはこの私にお任せを――」
 するとセディルは、妖艶な女性の幻獣を召喚した。
「エステリトス、こいつを黙らせろ」
 すると、エステリトスは頷き、”白銀の舞”を放った。 あたりに猛吹雪が舞い、ローファルの身体も次第に凍り付いていった。
「なっ、この女も召喚獣の使い手……くっ、 やはり、この石ころこそがすべての元凶! 許すまじ、許すまじ! 許す……ま……じ……」
 同時にローファルの炎魔法の効力も弱っていき、魔法の発動も消えた。
「さて、こんなものだろう。見たところ、この男以外に放火をしたと思えるような犯人はいないようだが」
「ああ、どうも間違いないらしい。ローファル、異存はないな?」
 セディルとシャナンはそれぞれそう言って、ローファルを現行犯で逮捕した。
「ローファル、何故だ?」
 リアスティンは2人に取り押さえられているローファルに訊いたが、何も言わなかった。
「恐らく、先日の件でしょうか、アクアレアの新施設建設法案が通ったことが気に入らないと、そう言うことでしょうね」
 一度ローファル一派の妨害によって否決された件だったが、今度は議会を通ったのである。 その背景として、ローファルらの理不尽な脅しについて今度はちゃんと対処したうえで望んだため、 反対されることなく通ったのである。
 それによりローファルは、もはやクラウディアスが自分の思い通りになることはないと悟ったのだろう、 そのため今回の行動に出たのである、ローファルは何も語らないが、そうであることは容易に想像がつく。
 リアスティンとシャナンとセディルの3人はローファルを魔法で簡易的に拘束し、召喚壁とその周辺の様子を見ていた。
「酷いありさまですね、森が丸坊主です」
「いやあ、それでも、被害がこれだけで収まったんだ、不幸中の幸いということにしておきたいところだな――」
 シャナンが言うと、リアスティンがそう答えた。
「確かに、そうかもしれない。石碑はどう?」
 セディルが言うと、リアスティンが確認しながら言った。
「問題なさそうだな、そもそも召喚壁には、ちょっとやそっとの魔力をぶつけたぐらいじゃあどうってことないかもしれないしな――」
 すると、シャナンの耳には、何かが聞こえたようだ。
「おや? 陛下、セディルさん、今、何か聞こえませんでしたか?」
「ん? どうかしたか? シャナン――」
 リアスティンがそう言うと、セディルも気が付いたようだ。
「しっ、静かに、誰かが石碑の裏側のほうにいる――」
 そう言われると、リアスティンはすぐに気が付き、その場所のほうへと走り出した。 シャナンとセディルも慌ててリアスティンの跡を追った。

 石碑の裏にあった細い道を行くと、そこには、かつてリアスティンとシャナンの2人で破壊した石碑があった。 召喚壁を封印していた石碑のひとつである。
 そして、その石碑の前には2人の女の子がその場にうずくまっており、 一人はぐっすりと寝ていて、もう一人はこちらをしっかりと見ていた。
「こんなところに子供? 一体、どこの子でしょうか?」
 シャナンが訊いた。しかし――
「ううん、私、おうちがないの――」
 起きているほうの子供はそう答えた。
「おうちがない? それは困ったわねぇ――」
 セディルがそう言うと、シャナンが言った。
「まさか、新たな孤児でしょうか、私の曖昧な記憶ですが、このような孤児など見たことがありません。 だとしたら、新しい孤児の可能性もありますね――」
 ローファルの気に入らない政策の一つ、孤児院の援助問題である。 援助する分には問題ないというが、援助額を増額することにはやはり反対だったようである。 リアスティン的にも、これまで貴族には優遇してきた政策を少しずつ廃止し、 庶民にも分配していくことにした、孤児院問題はまさにその行動の表れでもあった。
 話を戻すことにする。それにしても2人とも顔がそっくりだった、もしかして双子だろうか。
「なあ、お嬢ちゃんたち、名前はなんてんだ?」
 リアスティンはそう言うと、女の子はしっかりしたような感じで答えた。
「私、名前がないの。多分、この子も……」
 名前がわからない、いや、本当にないのだろうか、それは本当に困った。 それに、なんというか、互いに血のつながりがあるのかどうかさえ不明みたいな状況だ。
「まあ、こんなところに置き去りにしといたってしゃあねえし、とりあえず連れて行こうや。 セディルはこの娘を、シャナンはローファルをアルドラスに引き渡してくれ。 俺はこっちの寝てる娘を連れてくからよ」
 それに対してセディルは返事をすると、優しそうな眼差しで女の子に話しかけ、手をつないでいった。 いつもは冷静で険しい面持ちの彼女だが、流石は母親を経験しているだけのことはあった。
「わかりました、ローファルをアルドラスに任せた後はこれだけの惨事があったのですから、国民への説明は私がしましょう」
「おう! いつも通り頼むぜ!」
 そう言うと、3人はそれぞれの事を成し遂げるため行動に出た。 起きていた女の子もありがとうと言うと、力尽きたのかその場に崩れ落ちた。 セディルが優しく抱え上げると、そのままお城に戻っていった。

 その後、放火犯であるローファルは死罪、 これまで彼に付き従っていた臣下たちも次々と暴かれ、中には職を追われ、 中には国を追われ、中には処刑され――とにかく、 これまでクラウディアスに蔓延っていた深い闇に潜む黒い影は一掃されたのだった。
 ”天使の森”とも呼ばれるあの森に置き去りにされていた二人の子供、 そして、リアスティンがこの一件以来”妙な導き”と言っているあの一件のこと、 やっぱり何かしらのお告げだったに違いないと思い込んでいて、この二人に特別な思いを入れ込んでいた。
 もちろん、リアスティン自身も昨今のこともあるから、かなり個人的な話ではあるけれども、 この二人を引き取ろうかなと考えていた。そのため、既に名前も付けていた。
 しかし、そのような中、謁見の間にて――
「あの、できれば引き取りたいという方がいらっしゃるのですが――」
 と、シャナンは恐る恐る訊ねた。
「誰? フィジラスって、どっかで聞いた名だな――」
 王様らしくないだらっとしたスタイルで玉座に鎮座しているリアスティンは考えながらそう言った。 それに対し――
「フィジラス研究所、私の部下であり、研究所の所長をやっている者でございます」
 フィジラス研究所の総責任者であるティーグルが自らやってきてそう言った。 ちなみに、ティーグルの肩書は総責任者だけれども、実際には研究所付属のクラウディアスの見張り台の責任者である。 国営の研究所はクラウディアス騎士団に守られているという形にしたいため、ティーグルもこのような形で落ち着いている。
「ああっ、そっか、フィジラスのとこって、確か――」
 フィジラスの妻は流産したことがあった。母体は無事だったが、酷い挫折感に苛まれている。 もちろん、それ自身はリアスティン自身も体験したこと――だからこそ、 せめて、せめて自分ができることなら――リアスティンはそう考えたのだった。