クラウディアスに関する研究者は世界でもそれほど珍しくはない。
しかし、当時はクラウディアスと国交がある国がなく、鎖国状態であるクラウディアスへ渡るのは困難を極めており、
研究者でもクラウディアスへの渡航に成功しているものは現地人を除けば鎖国前に渡航しているものぐらいなもので、
それ以外ではめったにいないことだろう。
特に昔から強国として知られているクラウディアスは鎖国以前も渡航に際して厳しく、
いくつかの審査をパスしなければ渡ることは許されなかったほどでもあった。
そのような中、アリエーラは少しでもクラウディアスへの渡航の可能性を広げようとスクエアの町へとやってきた。
スクエアはセラフィック・ランドのほぼ中央にある都で、同連合国内では第3都市と呼ばれている自治区である。
スクエアはルーティスからの渡航手段としてはあまり難しいものではないが、
ルーティスが現状戦争によって被害を受けていることから避難民の受け入れを積極的に行っており、
アリエーラもそれを頼って移動してきた。
そして、スクエアのすぐ北に”聖殿都市エンブリス”があり、アリエーラはスクエアについた後にすぐにそこへやってきた。
白い古風なたたずまいの建物が立ち並ぶ大変厳かな雰囲気の聖殿都市への目的はもちろん”お詣り”である。
流石に広く開かれた神殿に対してお詣り目的の人が多く、だいたい人混みは同じ方向へと流れ込んでいるため、
特段迷うこともなく御殿の入り口へとたどり着けた。
ただ、戦時中というこの世の中の流れ的にお詣り目的の者はとにかく多く、
エンブリスの町並みを楽しむような暇はなかった。
そういえばルーティス自体もほとんど楽しめていない、残念なことである。
もし、エンブリアに平和が訪れて町を散策する暇でも出来たら、
その時は各地を回ってじっくりと町並みを味わいたいものである、アリエーラはそう考えていた。
「どうかなされましたか?」
エンブリアの僧侶らしき人物がアリエーラの様子を見て言った。
アリエーラはエンブリスではどう”お詣り”すべきなのか躊躇しており、立ち止まっていたことを伝えた。
「なるほど、そういうことですか。
そうですね――、我らがエンブリスは広い視野をお持ちですので基本的には特に作法というのは気にされず、気軽に”お詣り”いただければと存じますが――」
しかし、それでも作法は一応存在しているという。せっかくなのでアリエーラは体験しようと思った。
ところが、アリエーラはそもそもその作法を厳格に実施することができなかった、何故なら――
「あっ、そういえば女人禁制でしたっけ?」
そういうことである、僧侶は話を続けた。
「左様でございます。
我らがエンブリスは1人の妻・女神サーラをめとり、その生涯のすべてを彼女に捧げたのです。
そのため、厳格な教えの上ではほかの女人を我らがエンブリス神に近づけるなどといったことを禁止しているのです」
そういう背景があるが、それ自身はまさに女性陣ならすぐに食いつきそうななかなかロマンチックな話だった、
生涯のすべてを彼女に捧げただなんてなかなか素敵なエピソードである。
「しかし、それでは我らがエンブリスが本来望まない未来になるやもしれません。
故に、我らがエンブリスの教えでは特に作法などの縛りを気にせず、気軽な態度で望んでほしいということになったのです」
なるほど、アリエーラは話を聞いて納得した。
すると僧侶は続けざまに話をした。
「でも、せっかくの機会ですからエンブリス”旧式礼法”をお教えいたしましょう」
この”旧式礼法”というのはエンブリスの僧侶も修得しており、日常でも使用しているものなのだそうだ。
行事などで必要性を要する場合は公でも大概見かけることもあるけれども、所要時間にして大体一時間程度、
いや、エンブリスの僧侶が日常的に行っているものはそれよりももっと時間を要するような内容である。
そのため、一般人にそれをさせるのは流石に忍びなく、
それこそ先ほどと同じような理由……エンブリス的にも望むものではないと考えられている。
そのため”旧式礼法の簡易作法”というものが考案されており、一般人は通常これを実践しているらしい。
アリエーラもそれを教えてもらうことになった。
作法については神殿に入る前に一礼し、神殿の目前までやってきたら奥に佇むエンブリス神の御神体に対して一礼、
そして両手を2回たたいて祈祷を捧げる。
その後、再び一礼してそのまま来た道を引き返し、出るときにまた一礼するというものだ。
ここでエンブリス神に伝えたい事があれば祈祷中に念じて伝えることもできるのだが、
”神頼み”をする場合は肝心なのは自分が何者なのかを伝えることであり、それがないことにはは成立しない。
アリエーラとしては本来ならクラウディアスに行きたいと頼むところだが、こんなに大勢の人がいてエンブリス様も大変だろう――
特に難民たちばかりとあらば自分の頼みを優先するわけにもいかない、ゆえに自分の頼みについては伝えようとすることもなく、
単に”こんにちは!”という内容だけを伝えることにした。
旧式礼法では本来なら入るときも出るときも境内の端のほうを歩いていくべきところだが、
とにかく人が多く、まともにそれをやるのは至難の技。
それこそエンブリス的にもやっぱり望むものではないとされているため、
いずれにせよ、一般人はそこまで厳格さを気にしてに施する必要はなく、
単に御神体に対して一礼するだけでも十分だということが言われているらしい。
とにかく、アリエーラはエンブリス神殿では迷惑をかけたが、
忙しい中で案内してもらった僧侶に対してお礼を言って後にした。