エンドレス・ロード ~プレリュード~

最後の奇跡 第1部 光を求めて 第2章 再起への誓い

第39節 新たなる門出

 数日後――
「なあ、あのバカップル、どこへ行った?」
 イールアーズはオウルの里にてワイズリアにそう訊ねていた、 バカップル、もちろん、ディスティアとエレイアのことである。
「お前なあ、バカって……俺の娘とその婿だぞ?」
 そう言われたイールアーズはあわてて口をふさいだ。
「まあいい、次から口の利き方に気をつけろよ小僧。 ともかく、あの2人は行先も告げずにどっか行っちまったよ。 残念だが、ディルはもはやかつてのディルではない、これからは”賢者ディスティア”になったんだ」
 すると、イールが思い出したように訊いた。
「賢者、か。 今まで気になってたんだがワイズリア、あんたのその名前もそういうことだろ?  ”ワイズリア”って、あんたの名前でなくて、賢者の称号か、なんかだろ?」
 ワイズリアは頷いた。
「おう、知ってるじゃねえか、その通りだ。 つっても俺がこうなったのは、シェトランド人に知識を広めるためっていうだけのものだったんだがな。 シェトランドっつーのはこのエンブリアじゃあ元々グレート・グランドの島の周辺でしか生活してねえもんだからな。 それじゃあいざ外界の連中が関わってきたときに面倒が起きたらいろいろと厄介だってことで、 俺はオヤジに言われてケンダルスで修業し、”ワイズリア”って名前を頂いたってわけだな。 んで、それが幸いしたのか、こうしてオウルの里が新しくできちまったってわけだぜ」
 イールアーズは少し驚いていた。
「まさかこの里ができたきっかけまで聞かされるとはな――」
 オウルの里は賢者ワイズリアの元にシェトランド人が集まってできた集落だった。 ワイズリアはワイズリアと呼ばれて随分と長いことが経つようで、かつて自分がなんて呼ばれていたかも覚えていないようだ。 でも、ワイズリアで定着しているんだから、それはそれでいいか。
「話を戻すが、ディルのあの様子だと、あいつもケンダルスで修業したのは間違いねえな。 となると話は簡単、あの2人の行先はケンダルスだ。 あのエレイアのことだから、ディルと同じような道を歩んで、ディルと一緒になりたいとか言い出したに違いねえな」
 そして、ワイズリアは話を改めた。
「で、あいつらに何か用でもあったのか?」
 イールアーズは本題を切り出した。
「実は……ルイゼシアの居場所が分かってなくってな、それで――」
 セイバルの島の施設を次々と破壊しているという通り、つまりは彼女の所在もあらかた探しているということである。 それでも見つからないということだそうだ。
 それに対し、ワイズリアは頷いた。
「あれだけの核の力だからな、俺たちをモノ程度にしか見てないのは腹立たしいが、 それでも、そう言う見方をすれば、他の連中にとってもルーイはそれだけに貴重な存在といえるだろうな。 だから、多分無事だと思うぜ」
 まあ、それも一理あった、そういうことならとりあえず一旦安心しておこうか、イールアーズは改めて気を引き締めていた。
「仕方がない、また探すか」
 だが、それにしても、オウルの里に戻ってきたのは60数人のシェトランド人のみ、 エクスフォスとの衝突より数をさらに減らしたものである。 ルイゼシアばかり気にしているのは身内である以上当然のことであるが、 それでもこのシェトランド人の現状、それはそれでイールアーズにとっても何やら刺さるものがあった。

 それからさらに2年ほどが過ぎた、ディスティアとエレイアの2人はケンダルスの入り口にて、高僧に挨拶をしていた。
「うほほほほ、これまたせくすぃな賢者様の完成だわい♪」
「まあ、お上手ですね、お師匠様♪」
 高僧はエレイアの姿にやや興奮気味だった、禁欲を課してから久方ぶりの……といったところだからだろうか。
 エレイアはディルがルシルメアで再会したとき程度の多少の露出に、ローブを羽織っていた。 そんなエレイアの服装に対し、高僧はエレイアの身体から目を離さず話をしているが、エレイアは特段気にしている様子ではなかった。
「いろいろと世話になりましたね」
 それでもディスティアは丁寧に話をしていた。
「いやいやいや、よもや再び訪れるとは思ってもみませんでしたからね、 あなたたちであれば、いつでも歓迎いたしますよ。 特に、この度は、とてもキレイでせくすぃな賢者様が誕生して、私も鼻が高い!」
 だが、鼻が高いというより、鼻の下が長いというのが的確な表現のようだった。 それをエレイアがぼそっと指摘すると、高僧はやたら嬉しそうに話した。
「なるほど! 鼻の下が長い! 確かに、そうとも言いますな!」
「……そうとしか言わない気が」
 ディスティアは頭を抱えながら少々呆れた感じでそう呟いた。 だが、エレイアは一切嫌がっている気配ではない、 だからエレイアがそれでいいというのなら、ディスティアも気にはしなかった。
「ではそろそろ、私らはこれで、行きますね」
 ディスティアは挨拶を済ませ、早く行こうとしていた、しかし、エレイアが――
「待って! 私も、名前を変えるわ! だから、ちょっとだけ待って!」
 そう言えばそうだった。エレイアにも新たな名前をつけるべきか、ディスティアはそう考えていた。 それに対して高僧は――
「それもそうですなぁ、しかし、なんていう名前にしましょうか、 女人に対して名付けるというのはこれまでにないケース、さて、どうしたものか――」
 高僧は悩んでいると、エレイアが出し抜けに言った。
「決められない? なら、私が考えてもいい?」
「ん? 自分で決める? まあ、その方がよろしいかもしれませんな――」
 高僧は頷くと、エレイアは言った、すでに決まっていたようである。
「そうね、なら、”レナシエル”でいいかしら?」
 ”レナシエル”というのは、かつて自分がセイバルの生物兵器として、一番最初に名付けられた名前だったそうだ。 レナシエルの身体は既に連中に改造された折に出来上がっており、 ”悩殺堕天使・セクシーガール・レナシエル”と言う存在として完成されていたという、結構ひどい肩書である。
 しかし、”レナシエル”はほとんどエレイアの素の状態であり、指令や命令コードなども何も与えられていない状態、 そこから”レディ・ベーゼ”や”メリュジーヌ”、そして”シュリーア”などといった性格を上書きされた存在として、 彼女は何度も改造されてきたのである。
 そして、今のエレイアは実はまさにその”レナシエル”の状態なのだという、 神経系統を支配されるコントローラを失ったことでセイバルの指令や命令コードなどが失われている今の状態、まさにそれなのである。
 そしてレナシエルというのは、彼女自身を苦しめるきっかけとなる”メリュジーヌ”などの前身ともいえる状態でもあり、 だからこそ、エレイアは自らへの戒めのため、その名前を選ぶことにしたのだそうだ。
「うむ! いいですなあ、彼と似たような境遇にして似たような経緯で考えられた名前とはまさに青春そのものですなぁ!  いいでしょう、その、とても美しくてせくすぃなぼでーにちょうどふさわしい名前、 ”賢者・悩殺堕天使・セクシーガール・レナシエル”という名前に祝福を与えましょう! ほっほっほ!」
 と、スケベジジィ全快の顔つきでもっともらしいことを言った高僧だが、 あまりの興奮具合に鼻の下が伸び切ると同時に鼻血も噴き出していた。
「あ、ありがとう、ございます……でいいのかな?」
 レナシエルは戸惑いつつ、ディスティアの顔を見ながらそう言うと、彼は悩みながら答えた。
「……さあ、それは流石に私でも正解とは言えないな――」