「エレイアは俺の自慢の娘だが……ディル、テメーにならくれてやってもいいと思うんだ」
誰かと誰かが話をしていた。
このセリフから察するに、当時のワイズリアがディルフォードに向けて話した内容ということが想定される。
「俺はこういうオヤジだからな、あんまりあの娘には懐かれもしなかった。
だが、エレイアはお前にゃあすげぇ懐いていたからなぁ、
だから、いつでもこんなオヤジからさっさと持ってってくれればいいって思っているぜ」
「どういうことだかよくはわからんが――確かに、エレイアはあんたには懐いていないようだ。
それどころか嫌っているという感じでもあるが――」
「まあ、男親なんてものは得てしてそういうものだ、娘には嫌われるようにできているってもんだ。
でも、俺としてはなんの不自由もねえ、なんたって、お前がいるわけだからな。
ってか、そろそろんな話させんなや、さっさともってけやクソガキ」
「分かった、あんたの話はちゃんと素直に受け取っておこう。
であれば、エレイアは私がもらい受ける、本当にそれでいいんだな?」
「許可なんか求めてねえんだよ、四の五の言わずにさっさと持ってけや。
ほかの誰でもねえ、お前だから言っているんだ、遠慮なんかするんじゃねえぜ!」
ところが――とある不幸が起こってしまった。
それは、とある戦争での出来事だった。
「おい、フェリオース、あの2人を止められないか?」
「わからない……でも、やってみるしかないなっ!」
この2人はアーシェリスとフェリオース、そう、エクスフォスとシェトランド人との戦いである。
「おい、なんか向こうからやってきたぞ」
「手間が省けたようだな」
イールアーズとディルフォードの2人は口々にそう言った。さらに続けて言った。
「それにしてもだいぶ片付いたようだな。そろそろ遊ぶか」
「そうだな、あんまり早く終わるのもつまらんしな」
「手加減してやれよ」
「あんたこそ」
そして、この戦いは仕組まれたものだという情報が戦場中に伝わると、戦いはすぐさま終わることとなった。
だが、その犠牲はゼロというわけではなく、エクスフォス軍はほかの種族含めて1800名余りが、
それに対してシェトランド人はたったの16人しか犠牲者が出なかった。
そう、シェトランド人の16人の犠牲者――
「ディル、気を落とすな。確かに、エレイアを失ったのは残念だが……お前はまだ生きている、だから――」
イールアーズはディルフォードを諭すように話していたが、ディルフォードは――
「だからなんだ? だから、精一杯生きろとかでも言うつもりか?」
「ディル?」
「ああ、そうだ、私は生きている、そうだ、生きているんだ。だが、それが何だというんだ!
エレイアが死んだ事実には代わりないだろう!」
「おっ、おい、どこに行くんだ、ディルフォード!」
ディルフォードが去るとワイズリアが現れて話を続けた。
「放っておけよ」
「なっ、ワイズリア、正気か?」
「恐らく、正気とは言えねぇな。
当然、エレイアを失ったのは、ディルだけでなく、シェトランド人にとっても大きな損失だ。
でも、ディルフォードにとっては、それだけじゃあねえのさ」
「どういうことだ?」
「あいつは……お前よりも5年ぐらいは長く生きてい程度だが、まあその5年が結構でかかったんだろうな。
それに、妹に固執し過ぎるお前と違って仲間想いなもんでな。
この里も、かつては300人を超すシェトランドの民に溢れかえっていた時代もあった」
「300もいたってのか!? この里に!?」
「昔の話だ。んで、やっぱり、戦争で仲間を失うということはなかなか堪えるもんでな、
今まで共に過ごした仲間が次の日からいねえのもそうだが、そのいなくなった連中ってのが――
まあ、200近くにはなるわけだな、そもそも少数民族ってのが尚更数を少なくさせる要因にもなるんだろうが、
むしろ数が少なければみんな家族見てえなもんだ、そんな存在がいなくなったらお前はどう思うよ?
一番親しかったエレイアの命が奪われたなんて日にゃあ……
とうとう、あってはならねえことが起こっちまった、もうやつを止める術はない。
だから……俺らにできることと言えば、あいつの行く末がどうなるか見守るしかねえってわけよ」
だが、そんなワイズリアも、自分の娘を失った悲しみをこらえている表情だった。
ディルフォード、彼につけられた通り名は百人斬り、そして千人斬り、そして万人斬り――。
彼に遺されたものと言えば、この他者を殺すための極意のみである。
しかし、それに何の意味があるのだろうか、他種族を切り捨て、自らの種族のみを護るための技、
彼は、その為だけに生きてきた――。
だが……あの時、16人の仲間が、エレイアが犠牲となった時、彼の中ではすべてが無へと帰した。
彼は独りとなったのである。
確かに、オウルの里にはまだ80人は残っているだろうし、
ダイアラ……シェトランドの島の里も合わせればまだ仲間はいる、それはわかっていた。
だが――また1人、また1人と散って行くその姿、彼にはもう、そんな光景に耐えることはできなかった、
家族同然ともいえる彼ら、大事な人が失われていたその姿を見て、
また誰かが失われてゆく様を見ることになるのは耐えられそうになかった。
そして、ディルフォードはすべてから逃げ出した、かつての万人斬りと呼ばれた男が逃避行を始めたのだ。
逃げたと言われたところで何になるというのであろうか、
その程度のこと、今自分が背負っている悲しみに比べれば些細なことである、
そう、万人斬りと呼ばれた男なんかもはやどこにもいないのである、そう思えば肩の荷も降りよう、いいことずくめではないか――
そして、かつて万人斬りと呼ばれたその男は、万人斬りらしく修羅の道を歩むために放浪の旅に出た。
もはや故郷に戻ることはない、自暴自棄になり、ただ目の前に出てきた敵をという敵を殺していくだけである。
「おい! そこのお前、万人斬りじゃねえか!」
「本当だ! 殺れ! 首を獲っちまえ!」
なんだ? この私の首なんかがほしいというのか? いいだろう、いくらでもくれてやる。
但し、獲れればの話だがな――万人斬りはこうして、敵対するものが現れれば、すぐにその者の命を奪っていった。
「お前ら! こんな無意味な戦いをするんじゃない!」
ついには幾度となく、あの時の悪夢を見るようになった、
エクスフォスとの戦争、エレイアが亡くなったあの戦いである――
「鬼人剣め、覚悟!」
おっと、今度は何だろうか、もはや万人斬りの頭の中身はぐちゃぐちゃだった、
それは割と最近に起きた出来事で、自分を鬼人剣イールアーズと勘違いしていたやつと対峙した時の光景と、
戦争の時の記憶ががごっちゃになっていたようだ。
どうやらそいつは鬼人剣をご所望のようだが、万人斬りの中ではそんなことはどうでもいい、
そいつは一撃必殺の名のもとにすぐさま殺したのである。
だが、これが本当に自分に残された道なのだろうか、いや、道なんて、あってないようなものであるからこの際どうでもいい。
とにかく彼は、失ったものが大きすぎたのだ。