翌日のティレックスのいの一番の修行相手、リリアリス相手は言うに及ばずだけれども、
それ以上に別の問題で辛いのが修行相手だった。
「いや、その――」
相手はあの、アリエーラだった。
正直、アリエーラと面と向かって話をするだけでも照れる、いろいろと戸惑っていた。
「大丈夫ですよ、さあ気兼ねなく、かかってきてくださいな!」
――ムリだ! ティレックスは内心そう思っていた。
ルーティスでのあの”アリエーラさん”に対する称賛ぶり、クラウディアスでもやはり同じような感じの”アリエーラさん”への扱い、
そして、実際にその”アリエーラさん”という存在を前にしたとき、誰もが彼女を称えるであろう要素を兼ね備えたその圧倒的すぎるほどの説得力。
かかってきてくださいな? いやいやいや、冗談にもほどがあるだろう! ティレックスはそう考えていた。
「いえいえ、手加減などなさらなくともよろしいですよ。
これでも一応、剣に覚えはあるほうですから、ティレックスさんの攻撃を軽くあしらって見せます!」
あのPVの通りなら、彼女の言うことはおそらく間違いはないのだろうけれども、
それでもどうしても躊躇ってしまうティレックスだった。
というか、このアリエーラ相手に手加減しなくていいとかほぼ確実にあり得ない、無理な相談だった。
「ふふふっ、ティレックスさんって、本当にお優しいのですね、
ユーシェリアさんの気持ちがわかる気がします。」
えっ、ユーシィの気持ち!? ユーシィがどうしたって!? ティレックスは訊いた。
「ああ、なるほど、そういうことでしたか――」
アリエーラは握りこぶしで口を押えながら言った。
そのしぐさ……確かに、これでは彼女推しのファンが集るし、リリアリスのように放っておけない友人が続々と現れるわけだ。
なんというか、この人こそ、本物のおしとやか美人であり、ティレックスに本当に世の中にいたんだという感動を与えてくれた。
「アリと付き合うための条件はこの3つ! 1つ、付き合う前に死を覚悟しろ!
2つ、そもそもどこの馬の骨とも知らないヤローは却下! 人生から退場させられてももんくなし!
そして3つ、アリと付き合いたいというやつはこの私を倒してからにしろや!」
ルーティスでのリリアリスのこのセリフを思い出した。確かに、アリエーラさんという存在は貴重な人だ。
ティレックスは自分も有志として参加してもいいかなと密かに思った。
しかし、このおしとやか美人さん、顔に似合わず、とてつもない技を繰り出してくる。
魔法が強いのはイメージ通りだけど、名刀ミヤモトを使った格闘で、ティレックスを完全に圧倒していた。
圧倒というか、コテンパンにのされていた。やはり”ネームレス”というのは只者ではない。
”蒼眼のシャナン”? いや、それと比べるまでもない、能力差は明らかだった。
「だ、大丈夫、でしょうか……?」
心配されると、余計彼女に見入ってしまう。しかし、それ以上に強い。
強さ的には、あのリリアリスに匹敵するような能力者だ。
あれ? そういえば最近、”ネームレス”の強さというのがなんとなくわかってきたような気がするぞ、
ここ数日のティレックスの成長具合は、明らかに変化が起きていた。
「す、すいません、もう一度、お願いします――」
「あっ、いえ。あの、辛いようなら休憩いたしませんか?」
辛いのは辛い、何が辛いかって、相手は強いのは明らかだけれども、
それ以上に、ビジュアルと彼女の性格的なものが原因で、強いとわかっていても本気が出せないのだ。
強いのは間違いないけれども、万が一ということがある、もし、そんな間違いが起きようものなら、
ティレックスは完全に後悔するだろう、人類すべてを敵に回すという状況も大体目に見えている。
それだけは避けたかった。
「いえ、俺は平気です、もう一度、お願いします――」
これはあくまで修行、だから、相手は敵なんだ、そう思って挑もうと試みようとするが、
しかし、それでも相手はあのアリエーラさんであるもこともあり、そこで大きなブレーキがかかってしまう、
そういう苦しい葛藤の中で戦いに挑んでいる状態であった。
確かに、そういう意味では精神面は鍛えられそうだ。だけど、それにしては、あまりにつらい試練だった。
アリエーラに一方的にぶったたかれた後、彼女は汗を拭きに行くといってその場を一旦去ると、その後にリリアリスが現れた。
「よっ、アリにコテンパンにのされるこの幸せ男!」
残念ながら、ティレックスはマゾヒスティックな性格ではないので、悦を感じるとか言ったことは一切ないが、
それでもティレックスはわかるような気がした。
反抗する気力も沸かなければ、ぶったたかれること以外は、ずっとアリエーラに対してドキドキしっぱなしだったのだから、
そういわれても仕方がない気がしたのである。
ただ、ティレックスの現状的には、アリエーラの技があまりにも強烈なゆえに、
肉体的にもへろへろな状態になっていて言葉も出なかったといったところである。
「アリが相手だと、やっぱり嬉しいでしょ?」
だから、嬉しいということは全くなく、逆にどうしていいかわからなかったとなんとかしてリリアリスに訴えた。
「まあ、男だったら100%好きになるような娘だからね、それも仕方なしかー。」
100%ということは、ティレックスもそのうちの1人だと言うように聞こえるが――
「でもま、ティレックスはユーシェリアを嫁にもらう身なんだから、眺めるだけにしときなさいよ。」
またその話――
「でも、ユーシェリアだって、アリのこと大好きだし、あんたがアリのことを好きになっても仕方がないか。
それに、性別問わず、アリのこと好きって言うかもね。」
性別問わず?
「私だって好きだもん。私、男に生まれてたら絶対にアリの事さらっているもん。」
この人の大胆さなら、本当にそうしているかもしれないとティレックスは思った。
「また、リリアさんったら! 私はそんなんじゃあないですから!」
アリエーラがその場に戻ってきて、そう言った。
そういえば、アリエーラも言いかけていたけど、ユーシェリアの気持ちって、どういうことなんだろうか、ティレックスは訊いた。
「あら、アリってば、確認してみたのね。」
「ええ、一応、念のため。」
何の確認?
「そうね、そろそろ話しておいたほうがいいかもしれないわね。
ユーシィだって、きっと、あんたには知っていてほしいに決まっているし。」
何の話だろうか。
その話は、ティレックスにとっては、いろんな意味でとんでもない話だった。
聞いたところで、正直、どうしていいかわからなかった、
いや、それは、”だからどうした”という意味ではなく、リアクションに困るという話であった。
マウナとの戦争のさなか、ユーシェリアは、なんとしてでも、アルディアス側へと帰って来たかったのだ。
それは、ルダトーラ軍に参戦したかったからとか、そういう理由ではなかった。
「ふふふっ、泣かせるじゃあないのよ、この色男! ヒューヒュー♪」
ユーシェリアは、どうやらティレックスのことが好きらしい。
だから、ティレックスと一緒にいたかった、それだけなんだ。
それでティレックスは、リファリウスやリリアリスにいつもいつもユーシェリアのことに関してからかわれていたのである。
「どうよ、だから、義理のお姉さんの言うことは素直に聞きなさいよ?」
確かに、ティレックス自身も、ユーシェリアのことは好きだが、それはあくまで友達として、幼馴染としてのものだった。
しかし、まさか、ユーシェリアがそんなことを抱いていたとは――ティレックスは想像すらしていなかった。